Snow ◇3◇  リュウとリキ


「お先に失礼しまーす」
大きな事件もなく迎えた終業時刻。街には『ジングルベル』のメロディが響いている。
さっさと机の上を片付けた桐生が、にこやかに帰っていった。
「ありゃあ、デートだな」
源田がしたり顔で呟く。 何かというとちょっかいをかけてくる桐生が、宿直の松田を顧みず、さっさと帰ってしまったことに、松田は奇妙なものを感じた。退屈な宿直につき合わせるつもりだったのに、当ても外れてしまった。
仕方がないので源田を付き合わせることに決める。
「ゲン、ちょっと付き合えよ」
「おう」
ロッカーからギターを出してきて、ポロポロとクリスマスソングを爪弾く。
「きぃよぉしぃ〜、こぉのよぉるぅ〜」
源田が、ギターに合わせてだみ声を上げた。なんとなく帰りそびれた兼子も一緒になってニコニコと笑っていた。

翌朝。
「それじゃ、失礼します」
宿直を終えた松田が、大門に報告を済ませて帰っていった。それを見送る桐生がなぜかニヤニヤとしている。
「どしたんだ、リュウ」
珍しく目ざとく気づいた源田が問うが、桐生は何も言わずにニヤニヤと独りほくそえんでいた。
「ただいま」
迎えてくれる人もいないのに、なぜか癖になってしまった『ただいま』の一言を呟きながら、松田はリビングのドアを開けた。
「なんだ、こりゃ」
天井からは、金銀のモールが垂れ下がり、そこそこ大きなクリスマスツリーの天辺には金色の星が輝いていた。青や赤や緑の小さな電球がちかちかと点滅して松田を迎えていた。
ブラインドが上げられた窓には、白いスプレーが雪のように吹き付けられている。その真ん中には大きく、『Merry X'mas with LOVE』の文字が躍っていた。
「あのバカ」
あっけにとられて口を半開きにして部屋を見回していた松田は、ようやく小さく呟いた。
「いつの間に合い鍵―――」

翌朝。
嬉しげに松田に近づいた桐生は、いきなり鳩尾に拳を喰らって、「げ!」とカエルが轢き潰されたような声を上げた。
「リキさーん、いきなりひどいよぉ」
情けない声を上げた桐生を前に、容赦のない松田は開いた掌を突き出した。
「合鍵」
「リキさーん」
松田は、猫撫で声を上げる桐生の頭を小突いて、桐生の身体検査をして自室の合鍵を探し出した。
「こいつは没収!」
恨めしげな目をする桐生をその場に置き去りにして、松田は刑事部屋に入って行った。
[END]


初出:裏西部

2015.12.25再掲


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