Snow ◇4◇ ハトとオキ


街に『聖しこの夜』の響きが流れる聖なる夜。西部署にも神のご加護が降りたのか、大きな事件もなく終業の時刻を迎えた。
「さあ、今日は騒ごうぜ」
鳩村が言い出して、家族を持たない若手が揃って、『セブン』に繰り出した。
「まあまあ、全員揃ってうちに来るなんて、皆もてないのねぇ」
七重が笑った。
「ママぁ、それは言いっこなし」
平尾が揉み手をしながら愛想笑いをする。
「一兵さんは、どうせ女の子に電話掛け捲ったんじゃないの?」
明子が笑うと、
「で、ぜーんぶ振られた、と」
鳩村が、平尾の頭を一つはたいた。
「アコちゃーん、ハトさーん。もうほっといて頂戴よ」
七重の奢りのシャンパンで乾杯をしたあと、アイコのギターに合わせて、『ジングルベル』から『赤鼻のトナカイ』までクリスマスソングを片っ端から歌いながら、酒を酌み交わす。
鳩村はいつもの調子でネクタイを解くと額に巻いて、マラカスを振りながらステップを踏み始める。
「アコちゃんも、踊ろうぜ」
鳩村に誘われて、明子は、沖田の手を取ってステップを踏み始めた。沖田が、少し照れながら軽くステップを踏み始める。
「あー、オキさんばっかり、いいよなー」
平尾が、心底羨ましげに冷やかした。
「俺たちも踊りましょうよ」
北条の言葉に、平尾は眉を八の字に下げて、情けない顔をして見せた。
「おまえと踊ってどうすんだよ」
「誰もイッペイさんと踊ろうなんて思ってませんよ」
口を尖らせた北条が、七重の手をとって踊り出した。
「何よ、何よ、俺だけ、のけ者〜?」
平尾が、わざとらしく泣きまねをしてみせる。
「泣くな、イッペイ!」
鳩村が、笑いながら、マラカスで平尾の頭をポコンと叩いた。
「あー、もう。いいですよ、いいですよ」
やけくそ気味に声を上げた平尾が、クリスマスソングにはちょっと不似合いなディスコダンスを披露する。 日頃のストレスを発散するかのように、若い刑事たちは、歌い、踊り、飲み、食べる。
真夜中近くまで、クリスマスパーティーは続いた。

「おー、さむ」
『セブン』を出た途端、しんしんと冷え込んだ空気に触れて、平尾が肩を竦めた。
「それじゃあ、お疲れ様でした」
北条がマフラーを巻きながら、一礼して歩き出した。
「おいおい、ちょっと待てよ。俺も帰るよ」
方向が同じ平尾が慌てて追いかける。
「じゃ、俺たちもこれで」
律儀に七重に頭を下げた沖田と、アイコと明子にウインクをして見せた鳩村が、肩を並べて歩き出す。
「冷えてきたなあ」
沖田がジャケットの襟を立てる。
「雪でも降りゃあ、ホワイトクリスマスなんだがな」
鳩村のせりふに、沖田が小さく笑った。
「野郎二人に、ホワイトクリスマスもないだろ」
「まあな」
鳩村も笑って見せる。
と、そのとき。 ひらりと白いものが降ってきた。
「お」
空を見上げていた沖田が、掌で一片(ひとひら)の雪を受け止めた。
「ほんとに降ってきたな」
「オキ、願い事しろよ」
沖田の掌で融けていく雪を見ながら、鳩村が言った。
「え」
突然の言葉に戸惑っている沖田に、鳩村は気障にウインクをして見せた。
「今年の初雪だろ。その年の最初の一片を受け止めたら、願いが叶うんだってよ」
レディを口説くことでは平尾以上の鳩村らしいせりふに、沖田は小さく笑った。
「たいした願い事もないけどな」
そう呟いて、沖田は軽く目を閉じた。
『もしも神様がいるのなら、もう少し、このまま、皆と過ごさせてください』
ささやかで切実な、沖田の祈りだった。
ひらひらと降ってくる白い結晶を見上げて、鳩村が呟いた。
「Merry X'mas!」
[END]



初出:裏西部

2015.12.25再掲



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