no-dice

One-Night Stand ◆3◆


巽はひどく穏やかな気分で目を覚ました。昨夜の身を灼くような不安はすっかり影を潜めている。
何故あれほどに不安に責めさいなまれたのか、自分でも判らなかった。
荒っぽい捜査で有名な「大門軍団」の中でも、突っ走り過ぎるきらいのある巽だ。命を危険に晒したことなど、いちいち憶えていられないほどだ。死への恐怖など感じたことはない。そう思ってきた。
事件が片付いた後、正直、巽は結構上機嫌だった。一応大事をとって、と救急車で連れて行かれた病院でも、付き添ってきた松田と一緒になって看護婦の品定めなどをしていた。署へ戻る松田を見送った後も、味気ない病室で退屈を感じてはいたが、不安など微塵も湧いてこなかった。
それが、夜に入り病院中が寝静まった頃、突然に、額に押し当てられた銃口の冷たさを思い出したのだ。恐怖。実際に銃口と向き合っていた時には感じることのなかった恐怖が、巽を捉えて放さなかった。寝静まった病院の静寂は、死の世界に似ていると思った。
自分は今確かに生きている。ベッドの上で寝返りを繰り返しながら、自分にそう言い聞かせたが、一度感じた不安は容易には消えなかった。
ふいに松田の顔が浮かんだ。無性に松田に会いたいと思った。会ってどうしたいというわけでもなく、ただ会いたかった。その気持ちを抑え切れずに病院を抜け出した。
松田の部屋の前に立った時、巽はドアを叩くことをしばし躊躇った。松田に会いたい。ただそれだけでここまで来てしまったが、松田に会って何をどう話せばよいのか判らなかったからだ。それでも、やはり松田の顔が見たくてドアをノックした。
ドアを開いた松田に中に入るよう促されても、巽は動けなかった。身じろぎすれば爆発してしまいそうな感情をもてあまして、ただ立ち尽くしていた。
松田が中に招じ入れようと、巽の腕を取った時、ふいにどうしようもなく松田に触れたいと思った。
激情に身をまかせて、松田を抱き寄せ、くちづけた。抱き締めた松田の細い身体は、温かかった。その温もりに、巽は縋りついた。
宥めるように巽の背に回された、優しい腕。巽の名を呼ぶ、穏やかな声。腕の中のしなやかな身体の、確かな温もり。それが、身を灼くような不安を鎮めてくれた。
巽は無意識に、昨夜胸に抱いて眠った松田の温もりを求めた。が、そこに松田の姿はなかった。
「リキさん?」
一人取り残されたような気がして、胸が痛んだ。
身を起こして時計を見ると、出勤時間にはまだ早いようだ。巽は、慌てて服を拾い上げると、松田の姿を求めて寝室を出た。


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