no-dice

Secret Party ◇1◇ タツの誕生日


「それじゃあ、お疲れさん」
最後まで残って報告書を書いていた谷が、終いをつけて刑事部屋を出て行くと、巽は、谷の手前持っていたペンを、広げていた何も書かれていない始末書の上に放り出した。
「あーあ」
声に出して溜息をつき、椅子の背凭れに体重を掛けるようにしてうんっと伸びをする。
巽は、全くついていなかった。
西部署捜査課が、不眠不休で追っていた強盗殺人犯をようやく逮捕し、送検にまでこぎつけ、ささやかながら事件解決を祝う杯を傾けたのは昨日のことだ。ところが、半月振りに定時で上がれる今日、巽は宿直当番になっていたのだ。
それだけなら、たいしたことではない。刑事という仕事の性質上、必然的に誰かが宿直を勤めなければならないのだ。そんなことは巽にだってわかっている。
しかし、今日は巽の誕生日なのだ。いい年をした大の男が、今更誕生日でもないもんだが、年に一度のその日を、一人刑事部屋で過ごさなければならないというのは、侘しいことこの上ない。
いつもの宿直のように引き止めるつもりであった松田は、野暮用があると言って、彼らしくもなく、さっさと定時に上がってしまった。久しぶりに定時で上がれる気楽さからか、源田も兼子も、松田に続くように帰っていった。二宮が帰り、大門が帰り、そして最後まで残っていた谷まで帰ってしまい、巽は一人刑事部屋に取り残された。
女子供ではないのだから、誕生日をケーキにプレゼントで祝って欲しいなどとは思わない。だが、久しぶりにゆっくりできるのだ。短くてもいい、松田と二人きりの時間を持ちたかった。
「リキさんもつれねーよな」
巽は一人ごちると、ソファに身を投げ出して、長い足を肘掛に放り上げた。仮眠を取るにはまだ随分と早い時刻だったが、どうせやることもないのだ、と目を閉じる。
そのまま、とろとろと眠りに落ちてしまった巽は、しばらくして息苦しさに目を覚ました。
「仮眠を取るには随分早いんじゃねーのか?」
目を開けると、松田が巽の顔を覗き込みながら、巽の鼻をつまんでいた。
「リキさん?」
慌てて身を起こすと、松田が綺麗に包装された包みを投げてよこした。
「何これ?」
「開けてみろよ」
丁寧な包装をもどかしげに解いて、出てきた箱を開いてみると、滑らかな革のグローブが入っていた。
今日、誕生日だろ」
「知ってたのかよ?」
驚いた巽が眼を上げると、松田は少し悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「当たり前だろ」
思いがけないプレゼントに、照れ臭さと共に嬉しさがこみ上げてくる。愛用していた革のグローブを、先日の大捕物で傷物にしてしまったことを、松田が気づいていてくれたのも嬉しかった。
「サンキュ―――」
「どういたしまして」
わざわざプレゼントを持って戻って来てくれた松田の心遣いに、巽の心に欲が芽生えた。もっと甘やかな誕生日を過ごしたい、と。
「―――あのさぁ、・・・キ―――」
口篭りながらキスをねだろうとした途端、刑事部屋のドアがバンッと大きな音を立てて開いた。続けてパンパンッと乾いた音が響く。
身構えて振り返った視線の先では、クラッカーを持った源田と兼子が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「HAPPY BIRTHDAY、タツ!!!」
「おめでとうございます、タツ兄!」
どやどやと刑事部屋に入ってきた2人は、両手にケーキの箱と酒となにやら詰め込まれた紙袋を抱えていた。
「おまえら―――っ」
「照れるな、照れるな」
せっかくの松田との二人の時間を邪魔された巽の抗議を聞こうともせず、源田は巽の背中をバンバンと叩いた。兼子はニコニコと、テーブルの上に持ってきた紙袋の中身を広げていた。
「ケーキまであるのか、気が利いてるな」
松田は笑いながら、ケーキの箱を開き、蝋燭を立てていった。源田が蝋燭に火をともすと、兼子が部屋の灯りを消した。松田がロッカーから取り出したギターを爪弾きながら、低く歌い出す。
「ハッピー バースデイ トゥ ユー」
甘いテノールの声に、源田のだみ声と兼子の若々しい声が重なる。
「ハッピー バースデイ ディア タ〜ツ〜、ハッピーバースデイ トゥ ユー」
巽は半分やけくそ、半分は照れながら、蝋燭の火を吹き消した。次の瞬間、一瞬の暗闇の中、頬に温かく柔らかな感触を感じて、どきりと胸が高鳴った。
兼子が灯りをつけた刑事部屋で、巽が柔らかな感触の残る頬に手を当てて振り返ると、松田が悪戯っぽく笑っていた。巽は、松田の大胆さに笑い出してしまった。
「ケーキ食おうぜ、ケーキ」
そうして巽は、人生で一番幸せで、ちょっぴり不幸せな誕生日を迎えたのだった。

[END]


ちなみに。舘ひろしさんの誕生日は3月31日。

初出:『裏西部』

2015.05.18再掲


[Story] [2]