no-dice

情歌


勇次に岡惚れしている妙な女がいることは、秀も知っていた。どこで聞きつけたか、秀に簪を頼みに来た事があったから。
その女が悪事に加担したのか、証しを得るために、勇次は、自分に考えがあると言った。どうする、とは言わなかったが、秀には凡その見当がついた。
正直、あまりいい気はしなかったが、確実に仕事をする為ではあるし、何より勇次自身が言い出したことだから、何も言う気はなかった。
それなのに。
仕事の後、突然、勇次が秀を訪ねて来た。
「なんだよ、こんな時分に」
「随分だな。俺ぁ、仕事のために好かねぇ女と寝たんだぜ」
勇次は、秀の不機嫌な声に構わず、ずかずかと上がり込んだ。
「だから、なんだよ。お前ぇだって楽しんだんだろ」
勇次は、すいと秀の前に片膝をつくと、つと秀の腕を掴んだ。
「そんな訳ねぇだろ」
ぐいと秀を抱き寄せる。
「何しやがる!」
「口直しだよ」
勇次が、にやりと笑う。
「ふざけんな!」
秀は、眉を逆立てて、両腕を勇次の胸に突っ張った。
「ふざけちゃいねぇ」
勇次は、秀の両の腕を掴むと、ぐいと畳の上に押し倒した。ばたばたと暴れる腕を擦り切れた畳に縫いとめる。
「俺はお前ぇに惚れてるんだぜ」
勇次の言葉に、びくりと秀の動きが止まる。勇次の切れ長の眸が、ひたと秀の眼を見つめた。秀の胸がどきりと跳ねる。
「それを、あんな女を・・・」
吐き捨てるように呟いた勇次の形の良い眉が、すっと顰められた。
「勇次・・・」
思わず、名を呼んだ。すいと勇次の顔が近づく。
「今、お前ぇが欲しい・・・」
勇次の濡れた声に、ぞくりと甘い痺れが秀の身体を走った。その蠱惑的な痺れに抗うように、秀は身を捩り、藻掻いた。
「俺は、こんなのはごめんだ!」
黒目がちの眸に力を込めて睨みつける。
「どうして・・・」
抗う身体を押さえ込みながら、勇次が眼を眇めた。
「そんなに俺がいやなのかい」
そう呟いて、ふうっと深い息を吐く。秀を戒める手を緩め、身を起こした。
「嫌がるものを無理強いするほど野暮でもねぇさ」
くるりと秀に背を向け、乱れた着物を整える。
「勇次・・・」
胸が鷲掴みにされたように痛んで、秀は思わず跳ね起きた。
眉をきゅっと寄せて、勇次の背中を睨みつけ、唇を噛む。
少しの逡巡ののち、秀は勇次の肩に手を掛けた。額をそっと勇次の背中に当てる。
「・・・俺は、女の代わりなんて嫌だ。ましてや、口直しなんて、ごめんだ・・・」
「秀・・・」
「俺を見ろよ。俺だけを見ろよ」
肩に置かれた秀の手に力がこもる。すっと上がった勇次の手が、しなやかな秀の手を握った。そっと掴み締めた手に唇を寄せる。
「他の誰でもねぇ、お前ぇが欲しい」
細やかな細工を施す錺職らしい、すんなりとした指に、白い歯を立てた。
甘い痛みに、秀は眉根を寄せた。
掴み取られた手を引かれ、勇次の腕に身を任せる。
ふわりと血の匂いが立ちのぼる気がして、秀は眩暈を覚えた。
柔らかな感触がそっと唇に触れる。秀は、誘うように薄く唇を開いた。するりと勇次の舌が滑り込む。尖らせた舌の先端が、ちろちろと口蓋を舐め上げる。
「ん・・・ふ」
重なった唇から、濡れた吐息が漏れた。 勇次は、秀の掌に掌を合わせ、指を絡めた。秀のしなやかな指が、応えるように絡みつく。
深く深く重ねられていた唇が、離れて、透明な糸をひく。
濡れた唇を、くっきりとした喉仏に落とすと、びくりと秀の身体が震えた。ゆっくりと味わうように、灼けた肌に唇を這わせる。
仕事の装束から着替えたばかりの、擦り切れた半纏の衿を大きくくつろげ、骨ばった肩に白い歯を立てた。
片手をそろりと腹掛けの脇から忍び込ませる。なだらかな胸に手を這わせると、密やかな屹立に触れた。掌で転がすように捏ねる。
細い首が反り返り、喉仏がより露わになった。
背に廻した手で腹掛けの結び目を解くと、するりと引き剥がす。露わになった胸に顔を埋めるようにして、もう一つの果実に舌を這わせる。硬く凝った突起を、舌で転がし、潰すように捏ねた。
灼けた肌がほんのりと色づき、しっとりと濡れた。
細い腰を抱き、下穿きを抜き取ると、滑らかな肌に這わせていた唇を秘めやかな場所へと滑らせる。
「ん・・・」
熱い果実を口に含むと、ふっくりとした唇から濡れた吐息が漏れた。甘い菓子を舐ぶるように、丹念に舌を這わせる。
秀の形の良い爪が、煤けた畳を掻き毟った。柔らかな髪が畳の上で、ぱさり、と乾いた音を立てる。
果実から滲み出る透明な滴りを白い指に掬い取り、引き締まった双丘の奥に擦りつけると、敏感な場所がひくひくと淫靡にわなないた。
「や・・・」
逃げる腰を抱き留め、一層深く、秘めやかな蕾に指を埋める。熱い肉襞を探るように指を蠢かせると、秀の躯ががくがくと揺れた。
「あ・・・あぅ」
甘い悲鳴を上げる唇に唇を重ね、躯の奥深くを弄っていた指をするりと抜き取る。その手で秀の長い脚を抱えあげると、熱い昂りで秀の身体を刺貫いた。
「く―――ん」
引き裂かれる痛みに塞がれた唇からくぐもった悲鳴が漏れた。柔らかい髪を掴まれて、より深くくちづけられる。
ゆっくりとした勇次の動きにつれて、秀の身体に抗い難い愉悦が満ちていった。
きつく閉じた眦から、一筋の涙が零れ落ちる。空を泳いだ手が、縋りつくように勇次の背中に廻された。指の関節が白くなるほど、衣を掴み締める。
低く呻いて勇次が精を放つと、秀も絶頂に達して、がくりと躯の力が失われた。勇次の背にしがみついていた腕が、ぱたりと落ちた。
ゆるりと勇次が秀の躯を解放すると、秀はぐったりと力無く畳の上に四肢を投げ出した。
汗で貼りつく前髪をそっと払い、火照った肌に唇を寄せる。啄ばむようなくちづけを落とし、柔らかな髪を撫でた。
まろい頬に翳を落としていた長い睫毛がゆっくりと上がる。潤んだ黒い眸が、勇次の端正な顔を見上げた。
「・・・勇次」
掠れた声が、勇次の名を呼んだ。
「もう妙な女を抱いたりすんなよ」
「ああ、二度とごめんだな」
くつくつと咽喉の奥で笑うと、秀の躯を抱き寄せた。
秀は、勇次のはだけた胸に顔を埋めて、そっと眼を閉じた。
勇次の艶を含んだ声が、艶かしい端唄を低く口ずさみ始め、秀は安堵したように眠りに落ちていった。



2013.07.01



[Story]