no-dice

Snow


街に『聖しこの夜』の響きが流れる日。いつもの年末とは違い、今年は珍しく凶悪な事件もなく、西部署捜査課の面々は穏やかに終業の時刻を迎えた。
「あーあ、クリスマスイブだってのに、泊りかよ」
源田が、すこぶるつまらなそうに声を上げた。
「泊りじゃなくたって、どうせ予定もないんだろ」
巽が、茶化すように口を挟んだ。源田が憮然と応える。
「なんだよ、どうせおまえだって帰って寝るだけだろーが」
「残念でした!俺はデートだよ」
ウキウキと巽は立ち上がり、革ジャンを引っ掛けた。
「デートぉ!?タツ、誰とだよ!?―――おい、誰とだよ」
楽しげに捜査課のドアを開ける巽の背に、源田の喚き声が追いすがる。
「喚け、喚け。―――お疲れ様でしたぁ!」
スキップでも始めそうなほど浮かれた巽がドアの向こうに消えるのを見送って、松田は心に棘のように引っかかるものを感じていた。巽のデートの相手がわからないのだ。自分との約束ではない。あれほど巽をウキウキさせる相手がいると思うと、松田の胸は我知らずざわめいた。
「よう、リキよう。おまえは予定ないんだろ?」
源田が上目遣いに、考え込んでいた松田の顔を覗き込んだ。
「なんだよ、おまえと一緒にするなよ」
そう答えたものの、実のところ巽と過ごすつもりだった松田に他の予定はない。いつもならうるさいほどに纏わりついてくる巽がさっさと帰ってしまったことに、拍子抜けした気分だった。
「ちょっと付き合えよ」
「ああ」
源田の誘いに乗ったのは、一人冷たい部屋に帰っても、それこそ寝るしか用はない独り身の寂しさだった。
「僕、ケーキ買ってきます」
引き止められたわけでもないのに兼子がそう言って立ち上がった。
結局、家族もなく何の予定もない三人が、味気ない刑事部屋でクリスマスイブの夜を過ごすことに決まった。
「ジングルベール、ジングルベール―――」
松田が爪弾くギターに合わせて、源田がだみ声を上げた。兼子が買ってきた小さなケーキにろうそくを立てて、シャンパンならぬ、炭酸水を満たした湯呑みで乾杯をする。いい歳をした男ばかりで過ごすクリスマスイブも、情けなくはあるが、それなりに楽しくないわけでもなかった。ケーキを頬張りながら、他愛のない話に興じて時間は過ぎていった。
「じゃ、俺らは帰るから」
一頻り騒いだあと、松田と兼子が腰を上げた。
署の前で兼子と別れた松田は、独り煙草を燻らせながら、家路を辿った。ふと空を見上げると、暗い空には重そうな雲が垂れ込めていた。松田は、一つ肩を震わせて、呟いた。
「雪でも降りそうだな・・・」
肩を竦めて、マンション近くの橋の欄干に寄りかかる。なんとなく一人の冷たい部屋に真っ直ぐ帰る気がしなかった。
今頃巽は誰と過ごしているのか。刑事部屋を出て行く巽の、ウキウキした背中を思い出して、松田は、銜えていた煙草を投げ捨て、靴先でもみ消した。
微かに苛立っている自分に気づいて嫌気がさし、苦笑を零す。新しい煙草を出して銜えて火を点けた。ぼんやりと煙草をふかし、巽のデートの相手を想像してみる。なぜか、すらりと背の高い金髪の美女を思い浮かべたが、顔を想像しようとしても浮かんでは来なかった。
結局巽のことばかりを考えてしまっている自分に気づいて、松田は、何本目かの煙草を投げ捨てた。
新しい煙草を銜えようとして、箱が空なのに気づき、くしゃりと握り潰した。
「帰るか―――」
深夜に近くなってますます冷え込んできた夜気に肩を竦めて、松田はマンションへ向けて歩き出した。
マンションの前に辿りつくと、思いもかけず、見間違えようのないハーレーが停まっていた。
松田は思わず走り出し、3階まで一気に階段を駆け上がった。背の高い影が、松田の部屋のドアに凭れて立っていた。
「タツ!?」
冷え切った廊下で、巽は自分の肩を抱くようにして、ちょっと俯いて立っていた。
「遅かったじゃん」
「おまえ、デートじゃなかったのかよ!?」
息を切らして駆け寄った松田に、巽は「イヤだなあ」と笑った。
「俺がデートっつったら、リキさんとに決まってんじゃん」
「バ、バカヤロウ。だったらちゃんと誘え!」
「ちょっと驚かせようと思ってさ―――もしかして、リキさんこそ誰かとデート?」
ちょっと窺うような目つきで、巽は松田の眼を覗き込んだ。
一人の部屋に帰るのが嫌でぼんやりしていたとは口が裂けても言えず、松田は眼を逸らした。
「おう」
「えっ、嘘、マジ?」
ひどくショックを受けたらしく、巽がうろたえた声を上げた。それを見て満足した松田は、ウインクをして見せた。
「ゲンとジンと、な」
「な、何だ・・・」
心底ほっとしたように笑った巽が、クシュン、とくしゃみをした。
「こんなに冷え切って―――いつからここに立ってたんだよ」
凍え切って肩を竦めている巽の肩に触れて、松田は眉を顰めた。
「7時―――6時かな」
「このバカ。風邪でもひいたらどうするんだ」
「リキさんこそ、こんなに冷え切って―――どうしたんだよ」
松田の細い肩を抱いた巽が眉を寄せた。
「俺のことはいいんだよ。とにかく中入れ」
急いで鍵を開け、凍えた巽を中に引き入れる。巽は足下に置いてあった紙袋を抱え上げて、リビングのソファに腰を下ろした。
松田はキッチンに入り、ミルクを温め始めた。
「リキさん!」
急に、巽が大きな声を上げて松田を呼んだ。
「雪だ!雪、降ってるぜ!」
巽は、窓際に寄り、ブラインドの隙間から外を透かし見ていた。まるで子供のようにはしゃいだ背中を見て、松田はくすりと笑いを零した。
「ほら、これ飲めよ」
熱い湯気を上げるカップを差し出すと、巽は露骨に顔をしかめて見せた。
「また、子ども扱いかよ」
ふふっと笑った松田は、もう一つミルクの入ったカップを差し出すと、巽の手のカップにカチンと合わせた。
「Merry X’mas」
「俺、こっちの方がいいな」
松田の肩を抱き寄せ、巽が松田に唇を寄せた。その唇に人差し指を当て、松田は笑って見せた。
「こいつを飲んでからだ」
巽に肩を抱かれたまま、松田はカップを掲げて見せた。そのカップに自分のカップをカチンとぶつけて、巽が囁いた。
「Merry X’mas!」

巽の温もりに抱かれたまま、ひらひらと舞い落ちる白い雪を眺める。凍えた体が、温かなミルクと互いの温もりで、ほんのりと温まっていくのが心地よい。
何を話すでもなく、ただ一緒に時を過ごすだけで、巽はこの上もなく幸せを感じていた。このひとときを過ごすためならば、冷え切った廊下で何時間も松田を待ち続けた辛さもどうでもよくなってしまう。
温かなミルクを飲み干して、ほっと息をついた巽を見上げた松田が、くすりと笑みを零した。
「何?」
「おまえ、ヒゲついてるぞ」
ちょんちょん、と人差し指で自分の鼻の下を示した松田に、巽は頬を赤らめて、松田の肩を抱いていた腕を解き、唇の上を拭おうとした。
その手を制した松田が、つと身を寄せると、ぺろりと巽の唇についたミルクを舐め取った。
「ほんとにガキみてぇだな」
ふふっと笑う松田の笑みに、巽の胸はどきりと高鳴った。
「リキさん―――」
解きかけた腕を松田の肩に回し、胸深く抱き寄せる。巽は、笑みを浮かべたままの松田の唇に唇を重ねた。誘うように薄く開かれた唇の間に舌を差し入れ、松田の柔らかな舌を絡め取る。 松田のしなやかな腕が巽の首に絡みつき、巽は誘われるようにより深くくちづけた。
松田の甘い舌が巽の口腔に忍び込み、口蓋を撫でるように舐め上げた。ぞくりと背中を震わせた巽の膝がかくりと崩れる。そのままもつれ合うようにして、二人は床に倒れこんだ。ごとりと音を立てて、カップが床に転げ落ちる。
貪りあうようにくちづけを交わし、互いの背中をかき抱く。体の中心に熱を感じて、巽は思わず腰を引いた。
「逃げるなよ、タツ」
妖艶な微笑を浮かべた松田が、巽の首に腕を絡ませ引き寄せる。松田の濡れた声に、欲情を掻きたてられて、巽は爆発しそうな熱を松田の太腿にこすりつけた。絡めあった下肢に松田の熱が触れ、巽はますます煽り立てられた。
松田の手が、巽のセーターの裾から忍び込み、わき腹を撫で上げる。その手に促されるように、巽はセーターを脱ぎ捨てた。もどかしげに松田のシャツのボタンを外し、引き剥がすように脱がせると、中のセーターをたくし上げる。あらわになった薄い胸に舌を這わせ、掌で小さな突起を転がすように撫で上げた。
松田の薄い唇から漏れる甘い吐息に、巽の欲情はますます煽り立てられる。巽は、剥ぎ取ったセーターを投げ出すと、松田の細い首筋に顔を埋めた。細い鎖骨を辿りながら,浅黒い肌をきつく吸い上げる。
「あ―――」
松田が、いつになく嬌声を上げた。巽は誘われるように、松田の肌のあちらこちらに赤い花びらを散らしていった。
巽がそろりと手を伸ばし、松田の熱を布の上から揉みしだく。巽の指の動きにつれて松田の熱は、硬さを増していった。手早くジッパーを下ろした巽の指が、下着の中に潜り込み、松田自身に直に絡みつく。
ぴくりと体を震わせた松田が手を伸ばし、爆発寸前の巽の熱に触れた。
「リキさん―――」
松田のしなやかな指がファスナーを下ろし、巽の熱を引きずり出す。リズミカルに巽の熱を煽り立てた松田が、甘い声で囁いた。
「来いよ、タツ」
巽は誘われるまま、松田の細い腰を掻き抱き、熱い昂ぶりを松田の中心に埋めた。
ゆっくりと突き上げるように腰を動かすと、松田の熱い肉襞が巽自身に絡みつき、甘く締め上げた。
「あ―――」
巽が小さな声を上げて自分自身を解放すると、同時に松田の精が放たれて、巽の下腹部を白く濡らした。

ソファに凭れかかるようにして床に座り込んだ巽が、松田を背後からすっぽりと抱き締めた。巽の広い胸に抱きこまれて、松田は体の奥深くに広がる甘い余韻に浸っていた。
「乾杯しようぜ、リキさん」
松田を胸に抱いたまま、巽は、放り出してあった紙袋からシャンパンを取り出した。
「グラスがないぜ」
くすりと笑って立ち上がろうとする松田を、巽が抱きとめる。
「これでいいよ」
にっと笑った巽が、栓を抜いた壜にそのまま口をつける。
「ムードもへったくれもないやつだな」
巽は、苦笑した松田の細い顎を捕らえると、そのままくちづけた。仰のけた松田の唇に、シャンパンを流し込む。流し込まれたシャンパンをこくりと飲み干した松田が、くくっと喉の奥で笑った。
「これじゃ乾杯って言えないだろ」
「いいじゃん」
へへっと笑った巽がまた壜に口をつけようとするのを制して、今度は松田が壜に口をつけた。そのまま膝立ちになって、巽の唇にくちづける。薄く開いた巽の唇にシャンパンを流し込んで、僅かに唇を離して囁いた。
「乾杯」
その蕩けるような甘い囁きに、巽の胸がまたどきりと高鳴った。こみあげる愛しさに衝き動かされるまま、松田の細い背を抱き締め、激しくくちづける。濡れた音を立てて唇を離した巽が、甘えた声で囁いた。
「リキさん、プレゼントがあるんだ」
シャンパンの壜を床に置き、紙袋の中から細長い包みを取り出す。
「なんだよ」
「開けてみてよ」
差し出された包みを受け取った松田が、綺麗な包装を丁寧に剥がしていく。細長い箱の中には、金色のネックレスが納まっていた。
「俺だと思って着けててよ」
甘えた巽の囁きに、松田は苦笑を漏らした。
「毎日一緒じゃないか」
「そうじゃなくってさあ―――」
松田のつれない言葉に、巽は子供のように唇を尖らせた。
確かに毎日仕事を共にしている。だが、それでも四六時中一緒というわけではない。しかも、危険と隣り合わせの仕事なのに、そんなときに限って傍にはいられない。せめて、何かで繋がっていたいのだ。
そんな巽の心中を知ってか知らずか、薄く笑った松田が、ネックレスを巽に差し出した。
「着けてくれないのか?」
ぱっと喜色を浮かべた巽が、松田の細い項にネックレスを掛けた。金のペンダントトップを摘み上げた松田が、微苦笑を浮かべた。
「同じこと考えるんだな」
「?」
きょとんとした巽の腕をすり抜けて寝室に消えた松田が、小さな包みを手に戻ってきた。
「やるよ」
「何?」
嬉しげに、だが照れ臭そうに包みを受け取った巽が、もどかしげにラッピングを引き剥がしていく。現れた小さな箱を開けた巽は、ちょっと驚いたように松田の眼を覗き込んだ。
「これ―――」
「俺だと思って着けてろよ」
松田は、箱の中に収まっていた、革紐に金のコインが着いたネックレスを取り上げると、巽の首に掛けた。
「お前に何かあっても、いつも傍にいてやれるわけじゃないからな」
「リキさん―――」
蕩けるように微笑んだ巽が、松田の細い背をかき抱いた。
「俺、すっげぇ幸せ」
「おまえは単純だな」
くすくすと笑う松田の唇に唇を重ねて、きつく吸い上げる。ふっと吐息を零した松田が甘く囁いた。
「続きは、ベッドでな」

[ENDLESS]

2005.02.02
[Story][団長とリキ]