告別

あなたと共に生きたい―――。

唯一つの希い。


―――あなたの他には何もいらない。

『団長、俺は本庁に行く気はありません』
喉元まで出かかった言葉を、松田はほろ苦い思いで飲み込んだ。
松田に、遠まわしに本庁行きを勧める大門の想いが痛いほど分かっているから、松田は何も言えなかった。ただ、心のありったけの想いを込めて、大門の眸を見つめ返すことしかできなかった。
大門は、松田の将来を考えて、本庁行きを勧めるのだ。そして、その本庁行きに傷をつけないために、捜査から外すのだ。
松田を手放したくて手放すのではない。それが分かっていて、本庁行きを断るということは、大門を裏切ることになる。
だが、松田の希いは大門と共にあることだった。大門の下にとどまることができるなら、刑事である必要さえなかった。
松田にとって、刑事という仕事は一生を懸けて貫きたい生き方だった。だが、大門と共にあるということは、それすら無意味にしてしまうほどの強烈な希いだった。
大門に同じ想いを返して欲しいと求めているわけではない。ただ、共に生きたい―――と。
だが、大門が望むなら、その望み通り本庁へ行く。それ以外に松田に選べる道はない。
ただ、せめて最後の最後まで、「大門軍団」の一員として全うしたかった。
だから、大門の命令に背き、一人で捜査を続けた。その先に何が待ち構えているかなど、松田にとってはどうでもいいことだった。
そして。
単独での捜査は実を結んだのだ。取引現場に仕掛けられた爆弾の存在を知ることができた。
最後の最後に、大門のために働くことができる。今、大門を救うことができるのは自分だけだ。その高揚―――。
他には何もいらなかった。
ただ、大門の命を救うことだけ。ただそれだけが、希い。
ひたすらに、呪文のように大門に叫び続けた―――

「団長、ダイナマイトが―――!」


遠く、銃声が聞こえた気がした。
鉄を打ち抜く弾丸の響き。
身体に走る灼熱の痛み。
だが、それでも。
「団長、ダイナマイトが―――!」
最後の叫び。
大門の口が、何かを叫んだ。だが、松田の耳にはもう何も届かなかった。
ゆっくりと回転していく景色の中に、大門の姿だけが鮮やかだった。
生暖かく流れ出ていく命の証。
「だん・・・ちょう、だ・・・いなま・・・いと・・・が・・・」
駆け寄ってくる大門の姿が霞んで見えた。
大門の広い胸に抱きかかえられて、松田はようやく息を緩めた。
大門の手が、松田の左手を取り、ぎゅっと握り締めた。松田は、最後の力を振り絞り、大門の手を握り返した。
「だん・・・ちょう」
大門が生きている。今、松田の傍にいる。それだけが希望(ねがい)―――。

『どこにも行くな』
そう言えたなら。
だが、松田のことを思えば、本庁へ栄転させることがベストの選択だ。いつまでも自分の片腕でとどめておくには、松田は優秀過ぎた。
松田の、物言いたげな眼差しが痛かった。
松田が何を言いたいのか、大門には痛いほどに分かっていた。
『団長、俺は本庁に行く気はありません』
その想いを受け止めて、自らの傍におくことができるなら―――。
だが、松田はそれを口にすることはないだろう。大門の想いを痛いほどに知っている松田なら、本庁行きを断るはずはなかった。
そう知りながら、松田を捜査から外した。せめて最後まで「大門軍団」の一員であり続けたいと願う松田の心を知りながら。
それだけが、今の大門にできる松田への餞だった。
だから。
喉まで出かかった言葉を、苦い思いで飲み込んだ。
『どこにも行くな』
そのために、松田を死に追いやってしまうとは夢にも思わずに。
目の前で銃弾の雨に撃ち抜かれていく松田を見て、大門は心臓を鷲掴みにされたような思いがした。
「リキ!こっちに来るんじゃない!」
だが、大門の声はもう松田には届かなかった。
鮮やかな真紅。残酷なほどに美しい真紅に染まった、松田のからだ。
駆け寄り、抱き締めて。掬い取った松田の左手を力の限りに握り締めた。
「だん・・・ちょう」
鮮血に染まった松田の目尻に光るものが見えた。眠るようにうっとりと眼を閉じる。
握り締めていた松田の手から力が失われた。

この手を離さなければよかった。

もう二度と会えないおまえ。


愛しさに胸が灼けつく―――。

[END]

2004.04.06
[Story]