Not a Friend


初めて会った時。
「原昌之。ジプシー。40期」
そう言いながら小首を傾げた仕草とその表情に、春日部は内心どきりとした。
「ああ、同期の桜か。よろしく頼む」
かろうじて平静を装い、そう答えると、原は、訝しげな表情で、また小首を傾げた。どきり、と春日部の胸がまた跳ねた。
男にドキドキするなんて、どうかしとるぞ、一!
春日部は、心の中で、自分に喝を入れた。


ずいぶんガサツだな。
それが、春日部に対する第一印象だった。
原自身、初出勤は射撃訓練場へ直行だったし、そのまま立て篭もり現場に行ってしまったし、真っ当とは言えなかったが、車を追突させたの何ので暴走族と喧嘩をして、西條と竹本が派出所に出向くなど、ずいぶんと派手な初出勤だ。
それで、声がやたらに大きくて。
でも、どこか憎めない。
そう思った。
ボギー。
本当にピッタリのニックネームだ。もちろん、ハンフリー・ボガードなんてとんでもない。ゴルフのボギー。一打余分に叩く、なんて、余りにもピッタリ過ぎて、笑ってしまう。
いつだってそうだ。
直情径行で、ひたすら真っ直ぐで。思い込んだら一直線だから、やり過ぎてドジを踏む。
だが、だからこそ、罪を犯してしまった者達の心を打つ。真情に溢れる春日部の言葉に、涙に、ある者は自ら罪を認め、ある者は凶器を捨てる。
敵わない、と思う。
原には、犯人を追い詰めることはできても、自ら涙を流しながら、縋りつくように罪を認めさせることはできなかった。


さすがだな、と思う。
原はいつも冷静で、状況分析も精確だ。推理の組み立ても緻密だし、それでいて冷たい訳ではなく、心根の優しさが滲み出る。
犯罪に対する強い怒りと、罪を犯してしまった者たちへの労わりとを併せ持つ原。
罪を犯してしまった者たちに、単純に同情してしまう自分とは違う、優秀な刑事だと思う。
だから。
だから余計に、普段垣間見せる、どこか純なところとか、柔らかな笑顔とか、そういうものに心惹かれるのだ。
「ああ、なんだ、おい・・・ボギーだって女の人に甘いんじゃないか」
そう言って屈託無く笑った原に、どきりと鼓動が跳ねた。
もっと笑って欲しい。光の強い黒眼がちの眸に、明るい笑みを浮かべて欲しい。
そう思った。


「まったく、女は怖いよな」
女の絡んだ事件が解決した夜、久しぶりに一係揃って酒を楽しんだ。
その帰り、同じ方向だからと、二人肩を並べて歩いていた春日部のぼやきを聞いて、原はくすりと笑った。
「ホントにボギーは、女の人が苦手なんだなあ」
「なんだよ!笑うなよ」
くすくすと笑う原に、春日部がムッと口を尖らせた。
「そういうジプシーは、どうなんだよ」
春日部の問いに、原は虚を衝かれた思いで、まじまじと春日部の顔を見つめた。
女性が苦手とかどうとか、そんな風なことは考えた事もなかった。女性だとか男性だとか以前に、他人とは距離を置いて生きてきたから。
思い返せば、恋らしい恋もしたことがない気がしたし、友人と呼べる相手すら、いなかった気がする。
そんな自分に思い至って、原の頬に苦い笑みが浮かんだ。
「ジプシー?」
原の苦笑に気づいたのか、春日部が微かに眉を寄せた。
「俺は、女の人が苦手とか以前に、人づきあいがダメだからな」
「そんな!そんなこと言うなよ!」
自分の方が傷ついたような顔をして、春日部が原の肩を掴んだ。
「ボギー・・・」
「お前は、お前はダメなんかじゃ、ないじゃないか!みんな、ドックだってラガーだってトシさんだって、みんな、お前のことが好きなんだ。好きなんだよ!」
泣きそうに顔を歪めて、春日部が叫ぶように言った。
その眸を見つめて、原は思わず呟いた。
「ボギーは?」
口にしてしまってから、原はハッとした。
春日部の口から、何を聞きたいというのか。
望む答えが、返って来なかったら?
そんな思いが胸を過ぎり、原は視線を落とした。
「そ、それは・・・」
口籠ってしまった春日部に、原は自嘲の笑みを浮かべた。
訊かなければ、よかった。
誰かに好きになって貰える自分ではないから。
そんなこと、初めから分かっていたのに。


「俺は・・・」
目を伏せてしまった原を前に、春日部は立ち竦んだ。
好きだ。好きに決まってる。
そう言いたくて、だが、それを口にするのが怖かった。
『好き』
もちろん、同僚として、仲間として、友人として、原のことが好きだし、大切だ。
それは紛れもないことだった。
だが、何故か「好きだ」と口にすることができなかった。
好きだから。
そう思って、春日部は、自分の中に芽生えていた想いの正体を知った。
これは、仲間として、友人としての想いではない。もっと強く、もっと深い想い。
だから。


「好きだ、ジプシー」


春日部の声に、原はハッと眼を上げた。
まっすぐな眸が、原を見つめていた。
「俺は、ジプシーが好きだ。仲間だからとか、友だちだからとか、そういうんじゃなくて、その、好きなんだ」
真剣な面持ちで、一気に言い切った春日部を、原は信じられない思いで見つめていた。
好き?
友だちでもなく、仲間でもなく?
それは、特別な『好き』?
頭の中を、ぐるぐると思いが廻る。
そんなふうに、誰かに好きだと言われたことなどなかった。
こんなふうに、誰かを好きだと思ったことなどなかった。
大きく見開いた眸を一つ瞬くと、ぽろりと大粒の涙が零れた。
「俺なんかのことを・・・?」
消え入りそうな声で呟く。
「俺なんか、なんて言うな!」
春日部は、怒ったように言うと、原の身体を抱き寄せた。
「お前は、すごくいいヤツだ。誰より、頭が良くて、優しくて、本当にいいヤツなんだ。みんな、お前のことが好きなんだ」
「ボギー・・・」
「俺は、そういうお前のことが好きなんだ・・・その、男にこんなこと言われても、気色悪いかもしれんけど、ホンマに好きなんじゃ」
春日部は、原の背中を抱く腕に力を込めた。
「迷惑じゃって、分かっとる。けど、好きなんじゃ」
原は、小さく頭(かぶり)を振った。
「迷惑なんかじゃない。迷惑な訳、ない」
原は、春日部の上着の裾をきゅっと掴み締めた。
「好きだよ、ボギー」
勇気を振り絞って、言葉にする。
「ジプシー?」
驚いたように、春日部が原の名前を呼んだ。
ボギーに、好きになって欲しかった」
原は、春日部の肩に顔を伏せた。
「好きになって欲しかったんだ」


かあああっと頬が熱くなった。ドキドキと鼓動が速くなる。
春日部は、思わぬ原の答えに舞い上がってしまった。
それでなくとも、自分の原への想いに気づいただけで、頭の中が混乱してしまっているというのに。
「お、俺・・・俺でいいのか?」
春日部が、思わずそう言うと、その肩に顔を伏せたままの原が、くすりと笑った。
「俺でいいのか、なんて言うなよ、ボギー」
「あ」
ついさっきの自分の言葉をそっくりそのまま返されて、ボギーはバツの悪い顔をした。
それから、ハハッと声を上げて笑った。
「そうだな、そうだよな」
春日部は、原の肩を掴んで身体を離し、原の顔を覗き込んだ。
「ジプシー、好きだ」
原が、含羞かんだように笑った。
「好きだよ、ボギー」
春日部は、その笑顔に引き込まれるように、原に顔を寄せた。
原が、すっと目を閉じた。
全ては、月だけが見ていた。
[END]

2016.08.06
[Story]