Temptation

〜戯事〜

「今日の当直は?」
大門の問いに、松田の声が答えた。
「自分です」
「そうか。よろしく頼むな」
そう言い置いて、大門は刑事部屋を出て行った。あとに残った面々も、銘々帰り支度を始める。
ロッカーのドアを閉じて、帰り支度を済ませた巽が、何とはなしに、ソファに腰掛けた松田を振り向いた。ちょうど巽を見ていた松田の視線に捕らわれて、巽は動きを止めた。
「タツ、飲みに行こうぜ」
巽の背後から源田が誘いをかける。
「あ、ああ」
源田の誘いに上の空で答える巽を、松田がじっと見つめていた。どぎまぎと目を逸らした巽に、くすりと笑いを零した松田は、おもむろに口を開いた。
「タツ、ちょっと付き合えよ」
思わぬ松田の誘いに、巽は松田の眸を見つめ返した。松田の妖しく濡れた眸に捕らわれて、巽の胸がざわめいた。
「ゲン、俺、リキさんに付き合うから」
「そっか。じゃあ、あとはよろしくな」
源田は、意外なくらい、あっさりと引き下がり、兼子を連れて帰っていった。
「将棋でもどうだ?」
じっと見つめてくる巽をはぐらかすように、ソファから立ち上がった松田が、折り畳みの将棋盤を出してきた。ソファに戻ってテーブルの上に将棋盤を広げる松田を見て、巽は自分の椅子を引っ張っていき、背もたれを前にして跨った。
「なんか賭けるか?」
松田が意味ありげに笑った。巽は、松田のその笑みの意味が分からないまま、こくんとうなずいた。
「負けたら何でも言うことを聞くってのどうだ?」
『何でも』という言葉に引っかかるものを感じないでもなかったが、巽は、「いいよ」と答えた。
将棋を指し始めてすぐに、巽の形勢が不利になった。それは今日に限ったことではなく、松田と巽が将棋を指せば、大抵は松田の勝ちに収まるのだった。
じりじりと攻め立てられて、巽の王将はとうとう逃げ場をなくした。
「王手詰み!」
にやりと笑った松田が、金を動かして巽の王将を取ってしまった。
「あー、畜生!」
巽は、天井を仰いで嘆いて見せた。
「さあて、何をしてもらおうかな?」
ニヤニヤと笑いながら、松田がソファの背にどっかりと凭れた。
「まあ、とりあえず弁当屋で弁当でも買ってきて貰うか」
「へいへい」
松田に言いつけられるまま、巽は二人分の弁当を買いに出かけていった。

「お待たせ」
巽が弁当を下げて戻ってくると、松田がお茶を入れて待っていた。
「食ったら、もう一勝負しようぜ」
巽の言葉に、松田はまた意味ありげに笑ったが、今度も巽はその真意を量れずにいた。
他愛のない世間話をしながら弁当を平らげた二人は、また将棋盤を挟んで対峙した。またすぐに、巽の形勢が不利になる。
「ちょっと、待った」
「待ったなし」
「ケチ」
「男らしくねーぞ」
何とかして勝機を見出そうと四苦八苦している巽を見ながら、松田は余裕綽々でニヤニヤと笑っていた。
「王手詰み!」
最後の一手を指して、松田が巽の王将を取り上げた。
「今度は何をしてもらうかな?」
にっと意味ありげに笑った松田が、人差し指を自分の唇に当てた。
「キスでもしてもらうか」
「え」
意外な松田の言葉に、巽はたじろいだ。鼓動が一気に跳ね上がる。
「約束だろ?」
そう言った松田が、赤くなってどぎまぎしている巽をじっと見つめた。その妖しい眸に誘われるように、巽は腰を浮かせて、松田に身を寄せた。
触れるか触れないかの、掠めるようなくちづけをして、ぎくしゃくと身を離そうとする巽の首に、松田のしなやかな腕が絡みついて引き寄せた。
「そんなんじゃキスって言わないだろ?」
そう囁いた松田の唇が、巽の唇を柔らかく塞いだ。身を強張らせている巽の唇をこじ開けるようにして、松田の舌が巽の口腔に忍び込んでくる。独立した生き物のように蠢く松田の舌が、巽の歯列をそろりとなぞり、口蓋をちろちろと舐め上げた。ぞくぞくと痺れるような快感が、口元から巽の全身に広がっていく。
巽は、より深い快楽を求めて、夢中で松田の舌に自分の舌を絡めた。
途端に、松田が巽の首に絡みついていた腕を解き、さっと身を離した。快楽へ上り詰める途中で放り出された形の巽の唇から、熱い吐息が漏れた。
縋りつくように見つめる巽の眼を妖しく見つめ返して、松田が濡れた唇で囁いた。
「もう一勝負しようぜ」
何を賭けると、約束もしないまま、松田は将棋盤の上に駒を並べ始めた。
体の奥に燠火のような快楽の火を灯されて、巽は、後戻りできなくなる予感を抱きながら、おずおずと駒を並べていった。
序盤から、形勢は巽に不利だった。巽は、松田から与えられるであろう、さらなる快楽の予感にわななきながら、それでもなんとか形勢を逆転しようと足掻いた。
「王手!」
最後の悪あがきのような巽の一手を意にも介さず、松田は余裕で巽の王将を取り上げた。
途端に、どきりと巽の胸が高鳴った。
「タツ、こっちへ来いよ」
松田が妖しく手を差し伸べた。引き寄せられるように立ち上がった巽は、おどおどと松田の傍に寄った。
「俺のする通りにしてごらん」
ぞくぞくするような甘い声で囁いて、松田が巽にくちづけた。歯列を割って入り込んでくる松田の舌に、巽の舌が飛びつくように絡みついた。
巽の稚ない愛撫に応えるように、松田の悪戯な指がそろりと巽自身に触れた。革の上からじわじわと与えられる愛撫に、巽の体が震えた。
「タツ、俺のする通りにしてみろよ」
唇を離した松田が、巽の耳朶を甘く噛んだ。
「ほら、タツ」
唆されて、巽はおそるおそる松田の耳朶に歯を立てた。
くすくすと笑みを零した松田の指が、じわりと巽自身に絡みつく。松田は、もう一方の手で巽の手を掬いとり、松田自身にそろりと押しつけた。
「俺のする通りにしてごらん」
甘く囁くと、しなやかな指で巽自身を柔らかく揉みしだいた。
巽は、松田の手に握られたままの手で、おずおずと松田自身に触れた。芯を持ち始めている松田の『雄』に戦きながら、律動的な松田の指の動きを、拙いながらも真似をする。
「そうだ」
与えれば与えただけ、あるいはそれ以上に返されてくる松田の愛撫に、巽の体ががくがくと震えた。
「く??????ん」
松田の唇に塞がれた巽の唇から、くぐもった声が漏れた。巽は、松田の愛撫を貪るように、無我夢中で松田自身に触れた指を蠢かした。
松田の指が素早くファスナーを下ろし、硬く勃ち上がり始めた巽自身を引きずり出した。直に指を絡めて、律動的に巽を追い上げていく。
松田の与える快楽の強さに、巽の指が動きを止めた。
「あ??????っ」
そのまま、巽は松田の手の中に白い精を放った。
巽の耳元に口を寄せた松田が、くすくすと笑いながら囁いた。
「自分だけいくなんて、ずるいじゃないか」
熱い吐息をつく巽の首に腕を絡めて、そっと引き寄せる。
「俺もいかせてくれよ」
甘い声で囁いた松田の手が、巽の頭をそっと松田自身に押しつけた。
巽はどうしていいか分からないまま跪き、ファスナーを下ろして、硬く勃ち上がっている松田自身を引きずり出し、指を絡めた。
「その可愛い口でしてくれよ」
甘い毒のような囁きを巽の耳に注ぎ込み、松田の指が巽の唇をそろりと撫でた。松田の細い指が、薄く開いた巽の唇の間に滑り込み、こじ開ける。その手に誘われるまま、巽は、いきり立つ松田自身におずおずとくちづけた。
「タツ、ソフトクリーム好きだろ?」
脈絡のないような松田の言葉に、戸惑った巽が、目をしばたたかせる。松田自身にくちづけたまま見上げてくる巽に、松田は妖艶に微笑んで見せた。
「ソフトクリームを舐めるみたいにしてごらん」
松田に促されるまま、巽は、そろりと舌を出した。松田自身の先端に零れる先走りの愛液を、ソフトクリームを舐め取る様にそっと舐めてみる。青臭い松田の匂いを味わい、不思議な興奮に衝き動かされて、巽は、無心に松田自身に舌を這わせた。
「うまいぞ、タツ」
松田の濡れた声に誘われて、巽は、松田自身を呑み込んだ。松田のすべてを味わい尽くすかのように、丹念に舌を這わせる。
松田のしなやかな指が、巽の髪を柔らかく掴んだ。巽の口中を犯すように、腰を揺らめかせる。
「ふ」
甘く濡れた吐息を零して、松田が体を震わせると、巽の口中いっぱいに生暖かい愛液が溢れ出した。こくりと愛液を飲み込んだ巽の髪を撫でて、松田が微笑んだ。
「かわいいよ、タツ」
次はいったい何を賭けるのだろうか。
甘く切ない予感に胸を震わせて、巽は松田を見上げた。


2005.04.13
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