時雨 《四》


とんとん、とんとん、と軽やかに響いていた槌の音が、ふと絶えた。
秀は、昏い目をして、手にした鏨を見つめた。ぐっと握りなおすと、細工台に力いっぱい突き立てる。
半纏の肩の辺りを掴み、腕に顔を伏せた。脳裡に、勇次のひんやりと冷たい顔が、浮かんでは消えた。
仕事の夜以来、何も喉を通らなくなった。簪に向き合っても、すぐに手が止まり、作業に没頭することができなかった。
秀は、大きく息を吐き、目を閉じた。
もうこれ以上、この状態に耐えられそうになかった。


夜更け、秀は音も立てずに、勇次の店に忍び入った。店前の仕事場で張替えをしている勇次の背中を、息を詰めて見つめる。
勇次が、背後の気配を感じて、手を止めた。
「秀か」
静かな問いかけに、秀の身体が、ぴくりと揺れた。
「俺を殺りに来たのかい」
無言のまま、懐に手を差し入れる気配がした。
次の瞬間、殺気を帯びた影が、勇次の背中に躍りかかった。
「俺ぁ、お前ぇの側杖を喰うのは、ごめんだぜ」
そう言って、勇次は三味線の胴を乗せた台をするりと脇に押しやり、ひらりと身体を入れ替えた。
さっと跳び退く秀の手首に、糸が絡みつく。ぐいと引かれて、秀はもんどりうって転がった。
さっと身を起こして、きっと勇次を睨みつけた秀が、ぐいと腕を引くと同時に、手にした簪で糸をぷつりと断ち切った。力の均衡が崩れ、秀と勇次は、それぞれに体勢を崩した身体をどうにか支え、睨み合った。
しばしの睨み合いの後、堪え兼ねたように目を逸らした秀が、くるりと勇次に背を向けた。己が喉に突き立てようと、手にした簪を振り上げる。
「よせ!」
素早く動いた勇次が、簪を握る手を掴み、力ずくで秀を振り向かせた。
「あの絵は、もうこの世にはない。奴らも死んだ。何もかも、終わったんだ」
勇次の切れ長の眸が、秀の揺れる瞳をまっすぐに見据える。
「お前ぇが、覚えてる。それが、俺には堪えられねぇ」
秀は、目を伏せた。震える長い睫毛が、?に陰を落とす。
「・・・俺は、何も見ちゃいねぇよ」
顔を上げた秀が、きっと勇次を睨みつけた。
「そんな嘘は、聞きたくねぇ」
ふうっと溜息を吐いた勇次は、関節が白くなるほどに簪を握りしめた秀の手を、両の掌で包み込んだ。そのまま、手を引き寄せる。
はっと、秀の表情が変わった。手を引き戻そうと力を込めたが、更に力を込めた勇次の手は動かない。
「三味線屋・・・」
薄く笑った勇次は、さらに秀の手を引き寄せ、簪の切っ先を、己が喉に当てた。
「お前ぇに殺されるのも、悪くねぇ」
そのまま力を込めると、鋭い切っ先が、勇次の白い喉に食い込んだ。赤い血が、ぷつりと玉になり、白い肌に映えた。
「・・・っ」
秀は渾身の力で、勇次の戒めを振り解いた。左手で箸を握る手を包み込み、震える口元に引き寄せる。
「どうして・・・っ」
がくりと膝をつき、背中を丸める。薄い肩が震えていた。
「俺を殺りに、来たんだろ。今さら、迷うこたぁねぇ」
勇次が、秀の肩に手を置いた。
「俺が生きてることが堪えられねぇなら、それがお前ぇの重荷になるなら、殺ればいい」
柔らかな声音に、秀の身体から力が抜けた。
「・・・俺は、お前ぇにだけは、あんなもの見られたくなかった。お前ぇにだけは・・・」
声が震えた。啜り泣くかのように。
握りしめた簪を、力いっぱいに床に突き立てる。飾り板が、さらさらと音を立てた。
「見られたく、なかったんだ」
秀は俯いたまま、己が手で両肩を抱き締めた。
勇次は、己が肩を抱き締めた両の手ごと、秀の肩を引き寄せた。
「言ったろ。俺ぁ何も見ちゃいねぇ」
「三味線屋・・・」
濡れた黒目がちの眸が、勇次を見上げる。つと下を向いて、ゆるゆると首を振る。
「俺が、俺自身が、覚えてる。忘れられる筈がねぇ。あんな無様なてめぇを、忘れることはできねぇ」
一つ息を吐いて、続けた。
「お前ぇを殺れねぇなら、俺が死ぬより他ねぇ・・・」
勇次は、深く息を吐いた。
「忘れろ、と言っても無理、だろうな・・・」
顔を上げた秀が、縋るように勇次を見た。
「・・・お前ぇが殺してくれ。いっそお前ぇの手で・・・」
勇次が、つと眉を寄せた。
「そんなことができると、思ってるのかい」
秀の眸が、揺れた。す、と目を伏せる。
「そうだな。お前ぇには、端から関わりのねぇことだ」
秀は、目を上げ、ぐっと勇次の眸を見返した。両の肩を押さえる勇次の手を、静かに外す。
「お前ぇの手は、煩わせねぇ」
ふらりと立ち上がって、勇次に背を向ける。
「秀」
勇次はつと手を伸ばし、力なく垂れた秀の手を掴み締め、ぐいと引いた。よろめき、倒れ込んだ身体を抱き締める。
「俺が、あの絵を見て、何とも思わなかったと思っているのか」
ぴくりと、秀の身体が揺れた。勇次の腕から逃れようと、?がく。
勇次は、秀を抱く腕に力を込めた。
「もっと早く、お前ぇを俺のものにしておけばよかった」
秀が、はっと勇次を見た。
「俺のものになりなよ」
秀は、目を伏せ、顔を背けた。その頤を摘んで、自分の方を向かせる。
「このまま、俺のものになりなよ」
つと顔を寄せ、震える唇に、唇を重ねる。幾度も繰り返されるくちづけに、強張った身体から、ふっと力が抜けた。
勇次は、ゆっくりと秀の身体を板の間に横たえた。
勇次の腕に身を委ねた秀は、縋りつくように勇次の袖を握り締めた。
勇次の濡れた唇が細い頤を掠め、引き締まった首に滑り落ちた。
甘い感触に、秀はふるりと身を震わせた。それを見た勇次の眸は柔らかだったが、どこか昏い翳りが差していた。
艶のある三味の音を紡ぎ出す白い指が、秀の身体を隈なく探る。赤い唇が、首筋を辿り落ち、くっきりとした鎖骨に触れた。白い歯を立てると、秀の身体がひくりと震えた。
「ん・・・あっ」
濡れたふっくらとした唇から、甘い吐息が零れる。秀は、ゆるりと頭を振った。
秀の色褪せた半纏の襟を大きくくつろげ、露わになった肩に唇を触れる。
黒い腹掛の上から、なだらかな胸をまさぐっていた指が、つと引き締まった下腹に滑り落ちた。するりと、下穿きの中に手を潜り込ませる。
熱が灯りかけたところに、しなやかな指が絡みつき、敏感な部分に与えられる甘い刺激に、秀は眉を寄せ、がくりと首を仰け反らせた。
その乱れた柔らかな髪を掴み、荒い息をつく唇に、つと唇を重ねる。
口中に忍び入り、ねっとりと舌を絡めとる勇次の舌の甘さに、秀の身体がぴくりと震えた。
同時に、白くしなやかな指に責め立てられていた熱の塊が白い精を零し、勇次の指を濡らした。
がくりと力の抜けた身体を、勇次の腕に預け、秀は焦点の定まらない眸で、荒い息を吐いた。
似つかわしくない、妖艶な空気を纏わりつかせた秀を見つめていた勇次は、つと眉を寄せ、小さく息を吐いた。
すっ、と秀の身体から身を離し、背を向けて胡座をかくと、乱れた襟元を整えた。
「勇次・・・」
勇次の温もりから引き離されて、半ば床に俯せて、秀は問い掛けるように、潤んだ眸を勇次の背に向けた。
「どうして・・・」
戸惑いを含んだ濡れた声には、どこか頼りない響きがあった。
やっぱり・・・。
胃の腑のあたりに、冷たいものが滑り落ちる。
秀は、目を伏せた。震える長い睫毛が、まろい?に陰を落とす。
「このまま抱いちまったら、歯止めが利かなくなる」
勇次の艶のある声が、静かに響く。
秀は、つと目を上げ、勇次の背中を見た。眼差しが、ふと揺れた。
「・・・俺は、このまま放り出される方が、辛ぇ」
掠れた声が、頼りなげに震えた。
ゆっくりと振り向いた勇次が、眉を顰めたまま、秀を抱き起こした。
「もう、歯止めは利かねぇ。覚悟しろよ」
そう言った勇次の切れ長の眸には、凄絶と言ってもよい、昏い光が湛えられていた。
勇次の眸を見上げた秀の瞳が、ゆらりと揺れた。秀の腕が上がり、勇次の袖を掴み締める。そっと勇次の肩に額をつけて、目を伏せた。
その頤を白い指で摘み、顔を上げさせると、勇次はふっくらとした秀の唇に、唇を重ねた。
柔らかな感触を愉しむように、角度を変え、くちづけを繰り返す。薄く開いた唇から舌を差し入れ、秀の舌を絡めとり、きつく吸い上げた。
「ん」
甘く濃厚なくちづけに、秀はぴくりと背を震わせた。
その背に廻された勇次の手が、腹掛の紐を解き、すっと引き抜いた。
露わになった、なだらかな胸に手を這わせる。首筋に滑らせた唇で、灼けた肌をきつく吸い上げる。
繰り返される濃密な愛撫に、秀の頬が上気していく。
秀の身体がとろりと蕩けた頃、勇次が秀の身体を、うつ伏せに板の間に押し倒した。
手早く下穿きを引き抜くと、引き締まった腰を抱え、己の昂りを押し当てた。
ゆっくりと身体を押し広げる熱の塊に、秀は熱い吐息を漏らした。
勇次が腰を突き上げるたびに、床に這った秀の身体がゆらゆらと揺れた。投げ出されていた腕が、床の上を泳ぐ。秀は縋りつくように、床板に爪を立てた。
「あ・・・っ」
勇次がふるりと身を震わせ、秀の身裡に精を放つと、秀が小さく、甘い悲鳴を上げた。
秀は、腕と腰に半纏を絡ませただけのしどけない姿で、かくりと力無く板の間に伏した。
その項にそっとくちづけを落とすと、秀の身体が小さく震えた。勇次の唇がするりと、露わな背中に滑り落ちた。
勇次の唇が触れるところに、一つひとつ熱が灯っていく。
「ふ・・・」
薄く開いた唇から、濡れた吐息が漏れた。
勇次の手が、つと秀の胸と床の間に滑り込んだ。
勇次は、己れの身体に秀の身を添わせるようにして秀を抱き起こした。細身の身体を背後から抱き締める。
すっきりとした項から、少し骨張った肩に唇を触れていく。胸を抱いた手を滑らせ、引き締まった腹に触れた。
甘く柔らかな刺激に、秀は小さく身体を震わせ、甘い吐息を零した。
つと滑り下りた手が、柔らかく秀自身を握り込んだ。
「あ」
秀の肩が、ぴくりと揺れた。その肩に、勇次は白い歯を立てた。
ゆっくりと扱き上げられて、秀はきゅっと眉根を寄せた。
秀の身体が十分に熱を孕んだ頃、勇次は秀の膝裏に手を入れ、脚を開くように抱え上げた。秘めやかな場所を露わにされて、秀は羞恥にさっと頬を染めた。
勇次がゆっくりと、昂りを秀の中に埋めた。
「あ・・・ああっ」
身裡に分け入ってくる勇次の熱さに、秀は甘い悲鳴をあげた。
勇次にゆっくりと突き上げられ、秀は身体の奥に灯る疼きに、顔を伏せた。
その頬に手を添え、勇次は秀の顔を後ろに向かせた。濡れた唇に、唇を重ねる。
舌を絡め合わせたまま、腰を突き上げる。
「ん・・・」
少しずつ律動を速めると、秀の唇からくぐもった声が漏れた。
勇次が身を震わせて、秀の中に精を放つと、秀もまた、がくがくと身を震わせて精を零した。
重ねた唇を解放すると、秀はかくりと顔を伏せて、荒い息を吐いた。
勇次は、抱え上げていた秀の脚を下ろして、力を失った身体を背後から抱き締めた。
秀は、背中から包み込む温もりに身を委ねた。


ようやく息を落ち着かせた秀を抱き起こし、崩折れそうになる身体を支えて、奥の寝間へと連れていく。寝間には、勇次の布団が延べられていた。
勇次が手を離すと、秀は、膝から崩れ落ちるように、布団の上に座り込んだ。
その傍らに膝をつくと、勇次は、秀の身体を布団の上に組み敷いた。
甘く濡れた息を漏らす唇に、唇を重ねる。味わい尽くすように深いくちづけを繰り返した。


「あ・・・ああ」
もっと、もっと。
身裡に湧き上がる、激しい愉悦のままに勇次を、男を、欲している自分に気づいて、秀の身体から、さっと熱が引いた。心が、凍りつく。
『男の味を覚えたであろう』
伊福部の下卑た声が甦り、秀は、おぞましい記憶に肌を粟立たせた。
腕の中の秀の身体が、凍りついたように強張ったことに気づいて、勇次は眉を寄せた。
見開いた眸は昏く翳り、勇次の顔を映しながら、勇次を見てはいない。
「はな・・・せ・・・い・・や・・・」
勇次の身体を押しやり、身を捩る。
眉を寄せたまま、勇次が秀の身体を解放すると、その身体の下から逃れ出た秀は、己れの肩を抱き、身体を丸めた。震える唇から、乱れた息が零れ落ちる。
「あ・・・う・・・」
低い呻き声を上げる口元を、震える手が覆い隠す。
「秀」
勇次の声に我に返ったかのように、秀は勇次を振り向き、すぐに顔を背けた。
「俺・・は、駄目、だ。男に、狂う・・・」
かたかたと、秀の身体が震える。秀は、きつく目を閉ざした。
自分の身体が、心を寄せ続けてきた勇次ではなく、ただ男を欲していることに気づき、秀の心を、深く黒い闇が覆う。湧き上がるおぞましさに、肌が粟立つ。
勇次は、秀を抱き寄せ、背後から秀の身体を包み込んだ。
「秀」
勇次は、秀を抱く腕に力を込めた。
「狂えば、いい。溺れちまいなよ、俺に」
勇次の声に、秀の身体が、ゆらりと揺れた。
勇次は秀の身体を強く抱き、耳元に口を寄せた。


お前ぇを抱いているのは、俺なんだから。


凄絶なまでに妖艶な囁きに、秀は眸を見開いた。つっと、涙が頬を伝い落ちた。
秀の顎を摘み、振り向かせる。震える唇に、勇次の唇が重なった。秀は目を閉じ、より深いくちづけを求めるように、唇を薄く開いた。
甘く舌を絡めとられて、秀は縋りつくように、勇次の腕に手をかけた。
勇次の唇が、柔らかな髪を掠めるように、つと項に触れた。
「ん・・・」
ぴくりと震えた項に、肩に、啄ばむようなくちづけを繰り返す。
「あ・・・」
勇次の唇が触れるたびに、肌に火が灯る気がした。
胸をまさぐる手が、小さな突起を潰すように捏ね上げる。
秀の喉が反り返り、頭が、勇次の肩に凭れかかった。ゆるりと頭が揺れ、柔らかな髪が、勇次の首をくすぐる。
秀の胸を滑り落ちた勇次の手が、す、と下腹に触れた。白い指が、秀の熱に絡みつく。甘い刺激に、秀はきゅっと眉を寄せた。
律動的に動く指に煽られて、秀の身体がはち切れんばかりの熱を孕む。
腰を抱き寄せられて、秀はびくりと身を震わせた。勇次の熱が、肌に触れる。
「あ」
身体の奥に熱い疼きを覚え、秀は吐息を漏らし、目を閉じた。
「秀」
艶のある声に促がされて腰を浮かせると、勇次の熱が分け入ってくる。その熱さに、秀は背を反らせ、また甘やかな吐息を漏らした。
勇次は秀の胸を抱いたまま、ゆっくりと腰を突き上げた。より深く快楽を求めるように、秀の腰が揺らめく。
互いに、快楽を求め合うように腰を動かし、身を震わせて精を放った。
勇次が秀の腰を抱えて、己れを引き抜くと、秀は小さく喘ぎ、力なく勇次の胸に身を預けた。
熱い吐息を漏らす秀の身体を背後から包み込んでいた勇次が、ゆっくりと秀の身体を横たえた。


秀は、くったりと力なく布団の上に身を投げ出し、目を閉じた。薄く開いた唇からは、まだ乱れた息が零れていた。
ちらりと秀に目を投げた勇次は、着物を肩にかけて立ち上がり、寝間を出た。
勇次は煙管を使いながら、居間の長火鉢で燗をつけた。すっ、と眸を細め、ふうっと煙を吐き出す。
盆に徳利と杯を乗せて寝間へ戻ると、秀は、あのまま眠りに落ちてしまったようだった。乱れた髪が頬を縁取り、長い睫毛が翳を落としていた。
勇次は、畳の上に盆を置き、胡座をかいた。手酌で酒を注ぎ、杯を口に運ぶ。
静かに寝息を立てて眠る秀の寝顔を見ながら、勇次は一人杯を重ねた。
半刻ほど経った頃、ふと身動ぎをした秀の眸が、ゆっくりと開いた。黒目がちの眸が、勇次の姿を探すかのように、彷徨う。行灯の灯りに浮かび上がる勇次の姿を捉え、秀の眸に安堵したような光が浮かんだ。
秀の視線に気づいた勇次が、つと秀を振り向いた。
「お前ぇも、飲むかい」
手にした杯を干し、すっ、と秀に差し出した。
「ん・・・」
秀はゆっくりと、身体を起こした。杯を受け取ろうと腰を浮かせかけて、動きを止める。
「あ・・・」
秀は、思わず目を伏せた。さっと?が染まる。秘めやかな部分から、とろりと生温いものが溢れた。
「どうした」
「何でもねぇ」
勇次の手が伸び、顔を背ける秀の腕を掴んだ。そのまま引き寄せられ、体勢を崩した秀の内腿を、白いものが伝い落ちた。
かっと耳まで赤く染めた秀を見て、勇次の眸にふと笑みが浮かんだ。
「はな・・・」
勇次から逃れようと腕を引く秀を逆に引き寄せ、傍らに放り出されていた手拭いを取り上げた。
その手を、つと秀の脚の間に差し入れる。
「勇次!やめ・・・」
はっと身体を強張らせた秀の内腿に手拭いを当て、白い汚れを拭った。
「ん・・・」
秀は、きゅっと眉を寄せた。勇次の手が触れるだけで、その場所がじんと熱くなる。
秀の表情を見て、勇次はことさらにゆっくりと、内腿の汚れを拭き取った。
手拭い越しの勇次の手に内腿を撫で上げられて、秀の身裡に火が灯る。
勇次の手が、す、と更に奥に滑る。濡れた秘めやかな部分に触れられて、秀の身体がびくりと震えた。
身体の奥が、熱く疼く。ただ触れられるだけで、これほどまでに感じてしまう羞恥に、肌がうっすらと染まった。
勇次は、秀の様子を眺めながら、また、ことさらにゆっくりと汚れを拭い、す、と秀の脚の間から手を引いた。
ほっと息を吐いた秀の肩を抱き寄せた勇次は、汚れた手拭いを脇に置き、す、と秀の脚の間に手を差し入れた。
「勇次・・・!」
はっと身を硬くした秀は、慌てて勇次の腕を掴んだ。
勇次は、口元に笑みを刷いたまま、秀の内腿をつっと撫で上げた。
触れるか触れないかの曖昧な刺激に、秀の背中をぞくりと快感が駆け上る。秀は、きゅっと眉根を寄せた。
勇次は、つと秀の唇に唇を重ねた。舌を挿し入れ、秀の舌を絡めとる。
深くくちづけたまま、さらに内腿を撫で上げると、勇次の腕を掴んだ秀の手に力がこもり、形の良い爪が肌に食い込んだ。
滑らせた指で秘めやかな部分をなぞると、蕾がひくりと蠢いた。ひくつく襞をゆるりとなぞり、つと指先を潜り込ませる。
「ふ・・・」
くちづけの合間に、秀の唇から吐息が漏れた。
ゆるゆると入り口を嬲るように指が蠢き、秀は息を詰めた。こくりと上下する、くっきりとした喉仏に、勇次の唇が触れる。
「あ・・・」
吐息を漏らす秀の奥深くに潜り込ませた指で、熱い肉襞をなぞると、勇次の腕の中の身体がひくりと震えた。ゆっくりと指を引き抜くと、熱い肉襞が絡みつく。二本に増やした指を押しあてると、秘めやかな蕾は、容易く指を呑み込んだ。
きつく眉根を寄せた秀の耳の後ろに、舌を這わせる。秀の身裡に潜り込ませた指で、肉襞の奥に息づく痼りを探り当て、擦り上げる。
「あ・・・ああ」
秀の低く通る声が、艶を帯びた。勇次の腕に触れる秀は、硬く勃ち上がってしまっていた。
淫らに蠢く指に敏感な部分を擦り上げられて、秀は、堪え切れずに精を零した。
「あ・・・」
がくがくと身を震わせた秀は、指で嬲られただけで達してしまったことに羞恥を感じて、さっと頬を赤らめた。
勇次の指だけで、感じてしまう。感じてしまったことに、恥じらう。それを隠すことのできない秀の表情を見て、勇次の情欲が掻き立てられた。
するりと指を引き抜くと、秀が小さく息を吐いた。
その唇を塞ぎ、勇次は秀の身体を組み敷いた。
思わず閉じようとする膝の裏に手を差し入れ、開かせる。露わになった内腿に、舌を這わせた。
「は・・・あ・・」
吐息を漏らした秀は、腕で顔を覆った。
震える内腿に丹念に舌を這わせると、秀はまた、ゆるゆると勃ち上がっていく。
勇次が身を起こせば、秀の腕が、勇次を求めるかのように空を彷徨った。
その手を掴みとり、腕の内側の柔らかな肌に舌を這わせた。そのまま腋までなぞり、その手を布団の上に押さえつける。
引き締まった腰を抱えて、ゆっくりと昂りを突き入れると、熱い肉襞が絡みついた。
締めつけられて、つと眉根を寄せた勇次は、秀の悦楽を暴くように腰を動かした。
「あ・・・あ・・」
ゆっくりと、嬲るように身体の最奥を抉られて、湧き起こる愉悦に秀は喘いだ。手を押さえつける勇次の指に、縋るように指を絡めた。
「秀」
艶のある声で名を呼ばれ、ぞくりと背を震わせて、秀は目を開いた。欲情に濡れた黒い眸が、勇次の切れ長の眸を見上げた。
誘われるように唇を重ねて、勇次はきつく腰を突き上げた。
舌を絡め合ったまま秀の中に精を迸らせると、秀が小さく身を震わせて、精を零した。


もう、何度勇次を受け入れたかわからない。
秀は、胡座をかいた勇次に抱え上げられ、脚を開いた。肩に縋るように手をかけると、妖艶に笑った勇次の手が伸び、秀の頭を引き寄せた。勇次の顔を覗き込むように俯く秀の唇を、見上げた勇次の唇が塞ぐ。
「ん・・・ふ」
秀の唇から、濡れた吐息が零れた。吐息を絡めあうように、何度も何度もくちづけを繰り返す。
勇次の指が、つっと秀の背をなぞり上げ、掌が引き締まった臀部を揉みしだく。
背中を駆け上る快感に、秀はきゅっと身を竦めた。
「は・・・」
唇から、熱い吐息が漏れる。仰け反る喉に、勇次の唇が這う。
「秀」
名前を呼ぶ妖艶な声に促されるままに、ゆっくりと腰を下ろす。秀は、自分の体の重みで、勇次を深く呑み込んだ。
「く・・・ん」
じんと身裡に広がる疼きに、秀は無意識に腰を揺らめかせた。
繋がったところから、身体いっぱいに広がる強い快感に耐えるかのように、ぐっと身体に力がこもり、肩が窄まる。
「あ・・・ぁ」
俯き加減だった秀の頭がくっと後ろに倒れ、くっきりとした喉仏が露わになる。ぐらぐらと引き締まった上半身が揺れた。
「や・・・ぁ・・・勇次、もう・・・」
下から幾度となく突き上げられて、秀は勇次の肩に爪を立てて喘いだ。
「まだだ。歯止めは利かねぇと、言った筈だぜ」
妖艶な笑みを浮かべた勇次が、反り返った秀の背中を抱き留め、胸の小さな屹立に歯を立てた。
「あ・・・」
秀が、大きく首を仰け反らせる。開いた唇の端から、透明な糸が伝い落ちた。
勇次は、ちろちろと秀の胸に舌を這わせながら、また大きく腰を突き上げた。
「くっーーーん」
身体の奥底まで満たされて、身裡から湧き上がる強い愉悦に、秀は身を震わせた。
熱い吐息を吐きながら、自ら、より深く勇次の雄を呑み込んでいく。
「秀」
艶のある声が耳に注ぎ込まれ、秀の背中をぞくりと震わせた。
勇次が、大きく腰を突き上げ、秀の中に精を放つと、秀は小さく吐息を漏らして、自らの精を解放した。
秀の身体から力が失われ、がくりと勇次の胸に倒れ込んだ。秀は縋りつくように、勇次の肩に顔を埋めた。乱れた熱い息が、勇次の肌に触れる。
勇次は目を細め、つと形の良い眉を寄せた。
「そんなに可愛い真似をされちゃあ、また・・・」
秀の身裡に埋められたままの勇次の雄が、また熱を持ち始める。
勇次は、柔らかな髪を掴み、顔を上げさせると、乱れた息を繰り返す濡れた唇に唇を重ねた。
「・・・ふ」
身体の奥で硬さを増していく熱の塊に、秀の身体はじんわりと疼いた。思わず、勇次を締めつける。さらに甘い疼きが身裡を満たし、秀は勇次の肩を掴んだまま、しなるように背を反り返らせた。
その背中を抱き留めて、勇次はくるりと身体を入れ替え、繋がったままの秀の身体を畳の上に組み敷いた。
長い脚を大きく広げさせ、さらに深く突き入れる。
「ああっ」
奥まで身体を開かれて、秀はきつく目を閉ざした。朱に染まった眦に、うっすらと涙が滲んでいた。
ゆっくりと繰り返し突き上げられて、秀の身体ががくがくと揺れる。身体中に広がる甘い陶酔に、より深い快楽を得ようとするかのように、秀は腰を揺らめかせた。
低く呻いて勇次が精を放つと、秀もまた大きく身体を震わせて白い精を漏らし、意識を手放した。
勇次が己れを引き抜くと、ひくひくと震える窄まりから、とろりと白いものが溢れた。
勇次は手早く自分の身体を拭い、ぐったりと投げ出された秀の身体を、丁寧に清めた。
力を失った秀の身体を抱え起こして、寝乱れた布団の上に横たえる。
汗で額に張りついた柔らかな髪を指先で払い、眠る秀の輪郭をつっとなぞる。
勇次は、静かに秀の隣に身を横たえると、秀の身体を胸に抱き寄せ、目を閉じた。


勇次が店前で三味線の張替えをしていると、奥でがたりと何かが倒れたような音がした。
すっ、と立ち上がった勇次は、店の奥の居間を抜け、寝間の戸を引き開けた。
「おいおい、まだ動くのぁ無理だよ」
寝乱れた布団の上で、秀がふらつく身体を起こそうとあがいているのを見て、勇次は苦笑を浮かべた。
「馬鹿野郎。やりたい放題しやがって」
ようやく半身を起こした秀が、掠れた声で毒づき、勇次をきっと睨みつける。が、その眸はまだとろり熱を孕んだように濡れていた。
くっくっと喉咽を鳴らして笑った勇次は、秀の傍らに膝をつき、その身体を抱え起こした。笑いを含んだ声で、耳元に囁く。
「なんなら、つき殺してやろうか」
かっと頬を染めて、腕を振り上げようとした秀の腰が砕けた。勇次は、胸に倒れ込んできた身体を抱き留めて、また笑った。
「可愛い真似をするんじゃねぇよ。本気でつき殺しちまうぜ」
ぷいと顔を背けた秀の身体を布団の上に横たえると、突っ伏した背中に上掛けをかけた。
「もう一眠りしなよ。目が覚めたら、粥でも炊いてやるから」
そう声をかけて立ち上がり、寝間を出て行こうとする勇次の背中を、布団に頬を押しつけたままの秀がちらりと見上げた。
「勇次」
すっと目線を布団の上に落として、秀が、掠れた声で低く呟いた。
「・・・俺は、お前ぇになら、つき殺されても構わねぇ」
つと立ち止まった勇次は、細めた眸に柔らかな笑みを浮かべて、くっくっと喉で笑うと、後ろ手に寝間の戸を閉じた。
残された秀は、勇次の匂いのする布団に顔を埋め、ふうっと深い吐息を漏らした。そしてそのまま、とろとろと微睡みに落ちていった。
閉てたままの雨戸の向こうには、さあっと土を叩く時雨の音が聞こえていた。

[終]


2015.12.21

[参][Story]