no-dice

UNEXPECTED


「――タ〜ツ〜、こら、しっかり歩け!」
「はいはいは〜い♪」
今日は、嬉しい給料日。幸いにして大きな事件もなく、松田たちは久しぶりに揃って街へと繰り出した。殺伐とした日々の合間の束の間の安息。しかも、薄給とはいえ懐は一応暖かい。羽目を外すなと言う方が酷というもの。とはいえ――。
「リキさん、リキさ〜ん。もう一軒、もう一軒行きましょー!」
「だーっ、のしかかるな、この酔っ払い!」
すっかり出来上がって足元のおぼつかない大の男を引きずるようにして歩くのは、ハッキリ言って楽ではない。
――ゲンにすりゃよかったかな・・・
高いびきをかいて眠り込んでしまった源田よりはマシかと思い、千鳥足の巽を引き受けた松田だったが、いっそ眠り込んでくれた方が扱いやすかったかもしれない。少なくとも不毛な会話はしなくてすむ。
「ねっ、もう一軒!」
「もう充分飲んだだろーが!」
「そんなこと言わずにさあ、給料日なんだから、ね?」
「いいから、ちゃんと歩け!」
もう何度、同じ会話を繰り返したか判らない。巽がどんどん上機嫌になるのに比例して、松田の眉間のしわが深くなる。
――ったく、毎度毎度こいつらは〜
酒に強いというのはつくづく損な体質だ、と松田は思った。気持ちよく酔っ払うためには、人より多く飲まなければならない。すなわち、高くつく、ということだ。その上、大抵の場合、沈没した仲間の面倒を見る羽目になる。結局、先に酔っ払った奴の勝ち、ということだ。
「ほら、着いたぞ。鍵出せ、鍵」
「え、なに?カニ?」
「・・・・・・」
上機嫌を通り越して、意識が飛びかけている巽の頭を一つはたくと、身体検査の要領で巽の身体を探る。
見つけ出した鍵でドアを開け、巽を引き擦り込んだ途端、足をもつれさせた巽が松田を巻き添えにして倒れ込んだ。
「タツ、どけ!重い!」
松田の声が聞こえたのか聞こえないのか、どうにか両手をついて体を起こした巽の身体の下から抜け出して、松田は巽に向き直った。
「おまえなあ・・・」
文句の一つも言ってやろうと巽の眼を覗き込んだ松田の視線と巽の視線が絡み合う。突然酔いが醒めたかのような巽のまっすぐな眼差しに捉えられて、何故だか松田はふと眼を閉じてしまった。
「――リキさん・・・」
巽の気配が近づき、松田の鼻先を巽のコロンの香りが掠め――。
どさり。ごつん。
――ごつん?
鈍い音に松田が目を開くと、巽は床に突っ伏していて、ぴくりとも動かない。
「――ったく、このバカは・・・」
呆れ返って笑い出した松田は、正体不明に眠り込んでしまった巽をずるずると部屋の中へ引き擦り込んだ。ベッドの上に放り上げ、乱暴に布団をかけると、巽の額を指でぱちんと弾く。
「この酔っ払いが――」
くすくすと笑いながら、松田は巽の部屋を後にした。
[END]


[Story]