秀は、灯りも点けず、柱に寄りかかるように背を預け、膝を抱えてうずくまった。
「おゆうさん・・・」
秀は、低く呟くと凭れていた柱にこつりと頭を打ちつけた。深いため息が零れる。
脳裡に甦る、初めて会った時、土手の草に隠れるようにして泣いていた横顔。赤ん坊を抱いて駆け込んできた姿。この腕に抱いた血塗れの身体、青褪めた頬。そして、夢の中で見た、おゆうと赤ん坊と三人の『家族』。
閉じた瞼が震えた。
その時、からりと表の障子が開いた。影がするりと滑り込む。
「勇次・・・」
気怠げに秀が目を向けた。勇次は、何も言わない。
「何の用だ」
秀は目を逸らし、また柱に頭を凭せかけた。天井の暗がりをぼんやりと見上げる。
勇次は黙ったまま座敷に上がり、すっと秀の横に片膝をついた。つと手を伸ばし、秀の腕を掴む。
秀が、はっと振り向いた。
勇次は、そのまま力を込めて秀を引き寄せ、床に押さえ込んだ。
「よせ!今は、そんな気分じゃねぇ」
勇次の手を振り払おうとする秀の身体をさらに押さえ込む。
「だから抱くんだよ」
秀が、はっと眸を見開き、勇次を見上げた。勇次の切れ長の眸が、ひたと秀の眸を見据えた。黒々とした眸はひんやりと凍るような光を湛えていた。
「ふざけるな」
「ふざけちゃいねぇよ」
抗う秀の腕を封じ込め、勇次は擦り切れた半纏の襟をぐいと押し開いた。そのまま露わになった肩口に顔を埋める。
「やめろ!」
秀は、勇次の体を押し退けようともがいた。勇次の手がするりと秀の帯を解く。
「やめてくれ、勇次!」
もがく秀の動きを逆手に取るように、勇次が秀の半纏を引き下げる。秀は、腕に絡みつくような半纏に動きを封じ込められ、唇を噛んだ。
勇次は手早く腹掛けの紐を解き、するりと引き抜いた。冷たい唇が、露わになった胸を滑り落ちて行く。
「俺は、こんなのは嫌だ」
秀が、身を震わせる。
勇次は一言も発することなく、白い指を秀の背中に這わせた。
勇次の巧みな愛撫に、心に反して、秀の体はほんのりと熱を帯びて行く。
「勇次、やめてくれ・・・」
秀は、きつく瞼を閉ざし、懇願するように呟いた。
勇次の唇が秀の芯を包み込む。
「ああっ」
ねっとりと絡みつく熱い舌に、秀の躯がふるりと震えた。きつく閉ざした眦にうっすらと涙が滲む。
「いや・・だ・・・勇次・・・」
秀が頭をゆるゆると左右に振ると、柔らかな髪がぱさりぱさりと畳の上で音を立てた。
ゆっくりと頭を擡げた勇次は、無言のまま秀の身体をくるりと引っ繰り返し、押さえつけた。
はっと身を強張らせた秀が勇次を振り仰ごうとする。その髪を掴み、勇次は秀の顔を畳に押しつけた。
「やめろ、勇次!」
勇次は、秀の腕を捻り上げ、両の親指に袖から取り出した糸を絡みつけた。
「何しやがる」
身体の自由を完全に奪われ、秀は首を捻り勇次を睨みつけた。
勇次は表情も変えず、するりと黒い下穿きを引き抜き、秀の引き締まった腰を抱え込んだ。熱い昂りを秘めやかな場所にあてがう。
「勇次!」
悲鳴のような叫びを発してもがく秀の身体に、楔を打ち込む。
「くっ」
無理やりに捻じ込まれ、身体と心が引き裂かれる痛みに、涙が零れた。
強く突き上げられ、秀の細い体ががくがくと揺れた。
「手前ぇ、許さねぇ」
低く呟く声が震えた。
「絶対に許さねぇ」
今度は、しっかりとした声に憎しみを込めて、秀は吐きだした。
押さえ込まれて畳に頬を押しつけた秀の苦痛に歪む横顔を見下ろす勇次の眸には、何の表情も浮かんではいなかった。
ゆっくりと嬲るように何度も突き上げ、勇次はふるりと身体を震わせて精を放った。がくがくと身を震わせて、秀も精を放ち、ぐったりと畳の上に崩れ落ちた。
ゆるりと秀の身体を解放した勇次は、秀を戒めていた糸をぷつりと切った。秀の腕がだらりと力なく畳に投げ出される。
勇次が、くちづけんばかりに秀の耳元に唇を寄せた。
「所詮、見ちゃならねぇ夢を見たのさ、お前ぇも・・・俺も」
低い声で囁くと、勇次はすいと身を起こし、秀に背を向けて乱れた着物を整えた。
秀は、はっとしたように目を開いて振り向き、勇次の広い背中を見つめ、つと目を伏せた。
お小夜と言ったか。幼い頃、勇次が三味線の手解きをしたという女。家元の息子に手篭めにされて産んだ赤子を、勇次に託した女。勇次は、裏の仕事から足を洗う覚悟を決め、赤子の父親になろうとしていた。
だが、結局は、女は子供もろとも殺された。
勇次は、それきり何も言わず、秀の長屋を出て行った。静かに障子の閉まる音がする。
残された秀は、畳に頬を押しつけたまま、きつく瞼を閉ざした。薄い肩が震える。

―――所詮、見ちゃならねぇ夢を見たのさ。

ああ、そうだな、三味線屋。俺もお前ぇも、馬鹿な夢を見た。馬鹿な夢を―――。
長い睫毛から大粒の涙が滴り落ち、擦り切れた畳に染みを作った。





2014.12.27

2014.12.28加筆修正



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