no-dice

One-Night Stand ◆6◆


松田は、瞬きもせず、ただじっと病室の、白い無機質な天井を見上げていた。
意識を取り戻して、最初に聞いた言葉。
「タツさんが・・・」
明子は声を詰まらせて、病室を出ていった。
幼稚園の送迎バスに仕掛けられた爆弾。一人で追って行った巽。壮絶な爆死――。
不思議と涙は浮かんでこなかった。哀しみさえ、感じなかった。ただ、打ちのめされて、心のどこかが凍りついていった。
運命の皮肉。
その命を賭けて守った筈の命は、松田の手の届かぬ場所で、知らぬうちに、はかなく零れ落ちてしまった。

最期を看取ることもなく、別れを告げることさえできなかった。
今更、物言わぬ冷たい石に向き合うことに、意味などありはしない。
松田は、歩道橋の手すりに凭れ、眼下を流れていく車のテールランプをぼんやりと眺めて、煙草をくわえた。まだ塞がりきらぬ背中の傷が微かに疼いた。
「タツ・・・」
巽は約束通り、変わらなかった。最後のくちづけのあと、巽は何もなかったかのように振舞った。互いの宿直につきあっては、下手な将棋を指し、馬鹿話に興じ、松田の爪弾くギターにあわせて歌った。だが、その眼はいつも、静かな感情を秘めて松田を見つめていた。
忘れない。忘れられる筈がない。今はもう、それだけが、松田が巽にしてやれるたった一つのことだった。
ただ一度だけ重ねた肌の熱さ。一夜だけ包まれて眠った、手入れの行き届いた革の匂いと煙草の香り。わずかに混じるオイルの匂い。
ふと、もう二度と嗅ぐことのない巽の匂いが、身体を包んだ気がした。あの日と同じ、潮騒に似た車の音が、遠く響いていた。

愛していると言えばよかった。こんなに早く別離が来るのなら―――。



[END]


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