no-dice

LIAR GIRL ◆4◆


「お嬢ちゃん、お父さんから預かったバッグはどこへ隠したのかな?」
三枝が猫撫で声で、目の前のあすかに訊ねた。
「・・・・・」
あすかは、両目に涙を浮かべてはいたが、決して零すことなく、唇を噛んで、一言も口を利かなかった。
「いつまでも強情を張っていると、お父さんが大変な目にあうんだよ?」
『お父さん』という言葉に、あすかの表情がぴくりと動いた。それでも、我慢強く、あすかは黙りこくっていた。
「ガキだと思って優しくしてりゃあ、つけあがりやがって!」
インテリ然としていた三枝が、表情を一変させて怒号を上げた。
びくりと、あすかは体全体を震わせた。足ががくがくと震えてくる。
「―――っ、このガキっ―――」
「待ってくれ!」
三枝が右手を振り上げた瞬間、松尾の声が廃倉庫に響いた。
三枝を筆頭に、あすかを取り囲んでいた男たちが一斉に周囲を見回す。
廃倉庫の入り口に、ボストンバッグを抱えて立つ松尾の影が、逆光の中大きく伸びていた。
「こいつさえ渡せば、娘は助けてくれる約束だろう」
「松尾!」
「パパ!」
三枝とあすかの叫び声が重なって、倉庫の暗い天井に吸い込まれていった。
「ダメ!パパ、それ渡しちゃダメだってば!」
男たちの間をすり抜けて駆け出そうとするあすかの襟首を、三枝が掴んで引き戻した。
「こっちへ持って来い」
「娘を放せ」
「ブツが先だ」
「娘が先だ」
がたがたと震えながらボストンバッグを抱える松尾に痺れを切らせた三枝が、胸元からすっと拳銃を引き出した。あすかの首に腕を回して引き寄せると、そのこめかみに銃口を押し当てた。

「そこまでだ!」

暗い廃倉庫の中に、大門の怒号が響き渡った。
気が付くと、松尾の背後に、レミントンを構えて立つ大門の影が大きく立ち塞がっていた。目を凝らすと、左手の柱の陰には谷と北条が、右手のコンテナの陰には松田と源田が銃を構えて立っていた。
「西部署だ!全員、両手を挙げて、出て来い!」
大門の声に、一瞬鼻白んだ三枝が、顔を引き歪ませて高笑いをした。
「この小娘がどうなってもいいのかっ」
「悪あがきはよせ。もう逃げられんぞ!」
谷の声が響く。
「そっちこそ、はったりはよせ!小娘を見殺しに出来るのか?」
きょろきょろと落ち着きをなくした視線を周囲に走らせながら、三枝があすかの首を締め上げた。

「パパ!」
「あすか!」

親子の声が錯綜する中、暗い天井の梁の上から、猿のように敏捷な影が男たちの群れの真ん中に飛び降りてきて、三枝に体当たりを食らわせた。
よろめいた三枝の力が緩んだ瞬間を見逃さず、あすかを抱え込んで、男たちの輪の外へ転がり出る。
「イッペイお兄ちゃん!」
あすかをしっかりと抱きかかえて、平尾はにっこり笑ってウインクをした。
「悪いおじさんはパパーっとやっつけちゃうって約束したでしょ」
男たちは、手に手に拳銃を構えて必死で逃げようとしたが、人質のいなくなった今、大門軍団の前に逃げようのあるはずもなかった。

「あすかちゃん、隠したお父さんのバッグはどこにあるんだい?」
平尾の言葉に、あすかは眉をひそめて、口を尖らせた。
「そんなの知らない」
「そんなはずないでしょ、お父さんがそう言ってるんだから」
あすかの両肩に手を置いて、眸を覗き込むようにして平尾が言葉を継いだ。
それでもあすかは、きゅっと目を瞑って、嫌々をするように首を横に振った。
「パパのバッグなんて知らないもん」
あすかの言葉に、松尾と大門軍団は顔を見合わせて、ふっと息をついた。
「あすかちゃん」
大門が、レイバンを外して、あすかの前に屈みこんだ。
「お父さんはね、悪いことをした。麻薬を運んでいたんだ」
「パパは悪いことなんて―――!」
泣き出しそうになりながら叫ぶあすかを宥めるように、大門があすかの肩を叩いた。
「でも、それはあすかちゃんに危害を加えると脅かされて、仕方なくやっていたことなんだ」
「え?」
あすかがびっくりしたように潤みかけた目を見開いた。
「ホント?パパ!」
顔を腫れ上がらせた父親を、気遣うようにあすかが見上げた。
「・・・お父さんに、ほんの少し勇気があれば、悪いことなんてしなくてよかったんだよ。心配かけて、ゴメンな。あすか」
傷だらけの顔を、痛みにではなく歪めて、松尾が答えた。
「じゃあ、パパは警察に行かなくていい?」
表情を明るくしたあすかが、大門を見上げた。
「どういう事情があっても、お父さんのしたことは悪いことだ。だから警察には来て貰わなきゃならない」
「そんなのひどい!」
あすかが、小さな握り拳で、ポカポカッと大門の胸を叩いた。
「パパは悪くないのに―――!」
「ま、裁判になっても情状酌量ってもんがあるからな」
それまで黙ってやりとりを見ていた鳩村が口を挟んだ。
「ジョウジョウシャクリョウ?」
「脅かされて悪いことをしたんだから、大目に見てあげましょうってこと」
平尾が、あすかの頭をぽんぽんと叩いて笑った。
「お父さんは、きっとすぐに帰ってくるから、それまでいい子にして待っていられるよね?」
「うん!」
やっと、あすかの愁眉がとけた。
「ありがとう、イッペイお兄ちゃん!」
あすかが、ぴょんと跳びはねて、平尾の頬にキスをした。
「!―――ちょっ、ちょっとちょっとあすかちゃん!」
慌てて、あすかの唇の触れた頬を押さえる平尾の背中を、源田がどんっと一つどやした。
「モテモテだな、イッペイ」
「あすか、大きくなったら、イッペイお兄ちゃんのお嫁さんになる!」
「へ?」
あすかの、突然のプロポーズにおたおたと左右を見回す平尾の頭を、鳩村がごつんと一つはたいた。
「よっ、色男!」
鳩村がニヤニヤと笑う。
「ちょ、ゲンちゃん、ハトさん―――って言うか、だんちょぉ〜〜〜」
大門に救いを求めて縋りつく平尾に、大門が止めを刺した。
「貰ってやれ、貰ってやれ。この子は、将来美人になるぞ」
「いや、でも、その、あの・・・・」
困りきっている平尾を見上げて、あすかが眉根を寄せた。
「イッペイお兄ちゃん、あすかのこと嫌い?」
もう眸が潤みかけているあすかを見て、平尾はいっそう慌て出した。
「そんなことはないよ、そんなことは。でも、ほら、お兄ちゃんはもう大人だから、ね」
「やっぱり、お兄ちゃんはあすかのことが嫌いなんだ・・・」
泣きべそをかき始めたあすかの周りを、くるくると回りながら、必死で宥めようとする平尾を残して、大門軍団の面々は、晴れ晴れと廃倉庫を後にした。

[END]

2008.04.11

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