no-dice

Don't disturb, please.


「よーし、じゃ、もう一軒行くか!」
2軒目の店を出ると、源田は大きく伸びをして上機嫌で言った。
源田に続いて店を出た松田は、煙草をくわえると、やれやれとばかりに苦笑して肩を竦めた。後に続いた巽が、その松田の腕を取って、源田たちから少し離れたところへ引っ張っていく。
「な、リキさん。リキさんちで飲み直さない?」
松田は、ちらりと巽を見上げると、目で源田を示した。
「なんで、俺んちなんだよ。飲みたきゃ、ゲンと行けよ」
「だって、俺金ないもん」
「――だったら飲むな」
「またあ、そういうつれないことを言う。――俺はさあ、リキさんと飲みたいの」
「なんで?」
心底不思議そうな眼で真っ直ぐに見つめられて、巽は一瞬言葉に詰まる。
ここで咄嗟に口説き文句が出ないのが、巽のカワイイところだ。松田は、巽が次にどんな台詞を言うか、内心面白がりながら、じっと巽の眼を見つめた。
数瞬、言葉を捜していた様子の巽が、ようやく口を開いた。
「なんでって、そんなの決まってん――」
「おい、何やってんだ、行くぞ」
上機嫌の源田が2人の肩をがしっと掴んで、大声で割って入った。
――なんで邪魔すんだよ、このゴリラ!
巽は、内心の腹立たしさを隠して、愛想笑いをしてみせた。
「や、俺、パス。もう、金ないからよ」
「なんだよー、だらしねぇなぁ。――けど、そういや俺もちょっと心細いな」
「だろ。じゃ、これでお開きってことで――」
愛想笑いのまま、松田の腕をひいて消えようとする巽の肩を、源田が掴み直す。
「よし!じゃ、リキんちで飲み直すか!」
「へ?」
「おい、ゴリラ。なんで、俺んちなんだよ」
呆気に取られる巽と憮然とする松田を尻目に、源田はすたすたと歩き出す。
「ま、いいからいいから。――おい、ジン。行くぞ」
「はい!」
忠犬、兼子がにこにこと返事をして源田の後に続く。
「――うちで飲み直そうって言ったの、おまえじゃん。思惑通りでよかったな」
松田は、巽に悪戯っぽく笑って見せると、源田たちの後を追って歩き出す。
――全然違うだろ。
巽は、小さく舌打ちをして松田の後を追った。いったいいつになったら、松田を口説き落とせることやら――。

「――で、結局こうなるわけね」
松田は、ひとりごちてグラスを呷った。
源田は、床に大の字になって高いびきをかいている。兼子は、ソファの上で丸くなって健康そうな寝息を立てている。巽は、といえば、松田の膝に凭れて眠っていた。
「早々につぶれるんなら、てめぇの部屋へ帰りゃいいんだよ、どいつもこいつも」
松田は、空いたグラスをテーブルに戻して、煙草をくわえ直した。膝の上の巽の寝顔にふーっと煙を吹きつけて、小さく笑う。
――お邪魔虫が2匹に、根性なしが1匹、ね。
少し乱れた巽の髪に手を差し入れて、くしゃくしゃとかき混ぜる。一向に起きる気配がないので、ちょっと考えてから、松田は身を屈めた。唇が巽の額に触れようとしたとき――。
「クシュン」
ソファで眠っている兼子が小さくくしゃみをした。
反射的に身を起こし、兼子と源田の様子を窺って、松田は肩を竦めた。
――何やってんだかな、俺も。
苦笑して煙草を揉み消すと、巽の頭をどけて立ち上がり、毛布を出してきて兼子と源田にかけてやる。 最後に巽にもかけてやり、今度こそ巽の額にそっと口づける。
――ま、こっから先は当分お預け、だな。タツ。
松田は一人くすくすと笑いながら寝室へ向かった。

[END]


[Story]