強慾
勇次の指が、唇が、身体の隅々まで、秀の欲望を暴くように触れていく。
触れられるたびに、甘い陶酔が身体を満たし、秀は吐息を漏らした。
こんなふうに、女も抱くんだろうか。
それとも、男と女では、違うのだろうか。
どちらにしても、この腕が抱くのは、自分だけではない。
胸が、切り裂かれるように、痛んだ。
「秀」
名を呼べば、閉じていた瞼が、つと開いた。黒々と濡れた眸が、見上げてくる。
「何を、考えている」
何も答えず、ふと目が逸れた。
女の、ことか。
それとも、他の、男のことか。
こうして、この腕に抱かれていても、時折、心をどこか遠くに彷徨わせる。
捕らえきれないもどかしさが、胸を灼く。
秀の柔らかな髪を掴み、唇を重ねた。
「ん・・・」
奥深くまで勇次に充たされて、秀の唇からくぐもった声が漏れた。
勇次の胸に頭を凭せかけ、息を潜める。微かに伝わる鼓動に、耳を澄ます。
誰にも、渡したくない。
俺だけのものに、したい。
俺は、バカだ。
誰のものにもならない男だと、知っているのに。
それでも。
秀は、そっと息を吐いた。
どうすれば、影だけでいい、この男の心に残すことができるだろう。
秀は、また、ふと息を吐き、目を閉じた。
張りのある背中に唇を触れると、しなやかな身体がぴくりと震え、薄く開かれた唇から、甘い吐息が漏れた。
つっと舌を這わせれば、濡れた吐息が零れ落ちる。
勇次は、くっと咽喉を鳴らして笑った。
「お前ぇは本当に、どこもかしこも感じるんだな」
唇を肌に触れたまま囁けば、ぴくりと震えた身体は、身裡に溢れる快感を堪えるようにきゅっと竦んだ。
「もっとも」
勇次は、くすりと笑いを零すと、すんなりとした肩に白い歯を立てた。
「あ・・・」
秀が、きゅっと眉根を寄せて、小さく喘いだ。
「こんな風にしちまったのは、俺だよな」
秀の肩を掴んで仰のかせ、喘ぐ唇を塞ぐ。舌を絡めとり、貪るように深くくちづけた。
秀が、縋るように、勇次の乱れた襟を掴み締めた。
もう、離れられない。
離れたく、ない。
心ごと、その糸に絡めとられて、囚われてしまった。
心まで、手に入れられなくても、構わない。
この男を繋ぎとめておけるなら、何もかも差し出していい。
勇次が、つと唇を離して、見下ろしてくる。秀は、勇次の切れ長の眸を、濡れた眸で見つめた。
勇次の手が、襟を掴む秀の手を捕らえた。ぐいと引かれて伸びた腕の内側の、柔らかな肌に唇を寄せる。
「は・・・」
つっと、なぞるように舌を這わせれば、秀は目を閉じて、小さく息を吐いた。
指に、唇に、舌に。
その肌に触れる勇次の全てに、一つひとつ、敏感に応える身体。
その身体の隅々まで、己れを刻みつけ、糸で絡めとるように、縛りつけた。
もう誰も、この身体を満たすことはできない。
これは、俺だけのもの。
誰にも、渡すつもりはない。
だが、心までは、手に入らない。
心の何処か、固く閉ざされた扉の奥に、触れることのできない場所がある。
そこに、誰を棲まわせているのか。
いつか誰かに、掠めとられてしまうくらいなら。
いっそ、この手で殺してしまおうか。
勇次の眸に、昏い光が閃いた。
勇次は、つと手を伸ばし、すんなりとした首を掴んだ。くっきりとした喉仏を押し潰すように、ゆっくりと力を込める。
「ぐ・・・ぅ」
苦しげに眉を寄せた秀の唇から、低い呻きが漏れた。
息を詰め、苦しみながら、だが、けして抗うことなく、秀はただ、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
まだ欲情に濡れたままの黒い眸が、勇次を見上げる。勇次の切れ長の眸を見つめて、陶酔したように笑みを浮かべた。
秀の腕が上がり、その手を、喉輪を締め上げる勇次の腕に、そっと添えた。
笑みを浮かべたまま、目を閉じる。
勇次は、秀の首を絞めつけながら、鬱血していくその顔を見つめていた。
つと眉を寄せた勇次は、秀の咽喉を締め上げていた手を緩めた。
気道を急に解放されて、秀は咽せるように咳き込んだ。
「どう・・し・て、殺、して・・くれねぇ・・・」
荒い息の合間に、嗄れた声で呟く。
「秀」
秀は身を折るようにして、また酷く咳込んだ。
凄絶な光を浮かべた眸で、横目に勇次を見やる。
「いっそ、お前ぇの・・手で・・殺して・・・くれ」
勇次は、つと眸を細めた。
「それほど、俺から逃げたいのかい」
秀の眸が、戸惑うように揺れた。
「逃げ、る?・・・何、故・・」
勇次は、秀の首筋にくっきりと浮かび上がる、己れの指の痕を、人差し指でつっとなぞった。
「俺、は・・・お前ぇに・・なら・・殺されても、いい」
時折、咳き込みながら、秀はつぶやきを洩らした。
勇次は、ただ、とろりと眸を潤ませて語る、秀の言葉を聞いていた。
「それで、俺のことを、憶えていてくれるなら」
秀が、一つ咳をした。
「それとも、仕事にかけたヤツらみたいに、影も残さず消してしまうのか・・・」
秀は、泣き笑いの表情を浮かべた。
「それでも、殺す瞬間、命が終わる、その時だけは、お前ぇも俺を見てくれるだろう?」
秀は手を伸ばし、眉をひそめて見下ろしてくる勇次の頬に、そっと触れた。
「だから、殺してくれ・・・」
勇次は、す、と眸を細めた。
「そうだな・・・それで、お前ぇを全部、俺だけのものにできるというなら」
そう言うと、秀の首に手をかけた。
「このまま、殺してしまうか」
凄絶なまでに妖艶な笑みを浮かべて、ゆっくりと力を込める。
勇次は、柔らかな笑みを浮かべた秀の唇に、唇を重ねた。
勇次の頬に触れていた手が、するりと首に絡みつく。
勇次は、秀の首にかけた手を滑らせ、頤を掴んだ。そのまま、深くくちづける。
ただ、互いに貪り合うように、くちづけを交わし、吐息を絡め合い、墜ちていった。
欲しいものは、ただ一つだけ。
もしも、その心を手に入れられるなら。
殺してでも。
殺されてでも。
手に入れる。
それは、強慾なまでの。
恋。
[終]
2015.02.25