no-dice

TRUST ME?


松田は、くじいた左足を庇うように軽く引きずって、病院の玄関を出た。杖を必要とするほどではなかったが、やはり歩くとずきずきと痛む。松田は歩いて帰ることを断念し、客待ちをしているタクシーに向かって歩き始めた。
ふいに名前を呼ばれて振り向くと、巽がハーレーに凭れて待っていた。
「送るよ」
巽は、ぶっきらぼうに言うと、ヘルメットを放り投げてくる。受け取ったヘルメットを手にした松田の視線から眼をそらすようにして、巽はヘルメットをかぶり、ハーレーに跨った。
「俺のせいだしさ」
昼間、銃の密輸組織を摘発したとき、人質に取られていた子供を助け出したところまではよかったものの、巽は銃撃戦のど真ん中に、小さな木箱を障壁に子供を抱えたまま取り残されてしまっていた。その巽の側に、犯人が自棄くそ気味に投げたダイナマイトが落ちたのだ。巽は咄嗟に身体で子供を庇い、松田が飛び出して、ダイナマイトを掬い上げ犯人に投げ返した。そのとき、かなり無理な体勢で飛び込んだため、松田は不覚にも足をくじいてしまったのだった。
「別に、おまえのせいじゃないだろ」
「いいから乗れよ」
敢えて松田の方を見ようとせずに、ハーレーのエンジンをかける巽に苦笑しながら、松田はヘルメットをかぶり、タンデムシートに跨った。
むっつりした巽の背中を見ながら、松田は、また密かに苦笑を零した。先日、キスをしようとした巽を松田がついついからかってしまったため、とうとう巽は拗ねてしまったのだ。ここ数日、眼を合わせようともしない。

「ありがとな」
マンションの前に停まったハーレーから降りた松田を、巽が追ってきた。
「部屋まで送る」
「いいよ」
「けど、階段きついだろ」
相変わらず、ぶっきらぼうにそう言うと、巽は有無を言わさず松田の腕をとり、自分の肩に回した。松田は小さく笑って、巽の好意に甘えることにした。
「悪ぃな」
が、次の瞬間、激しく後悔をする羽目になった。巽が松田の膝を掬い上げるようにして、抱き上げてしまったからだ。
「――っ、おまえ何すんだよ!降ろせよ、早く!」
「なんでだよ?この方が早いじゃん」
「そういう問題かっ!いいから、降ろせって!」
慌てる松田の抗議に耳を貸さず、巽はさっさと階段を登り始めた。こうなると松田も下手に暴れるわけにもいかなくなった。二人揃って階段落ちをする趣味はない。が、もちろん、こんな姿をご近所の皆さまに晒す趣味も持ち合わせてはいない。
――この前、からかった意趣返えしかあ・・・?
胸の中でぼやきながら、それはおくびにも出さず、松田は声をすーっと低くした。
「タ〜ツ〜。――さっさと降ろせ」
抑揚のない松田の声に、巽は渋々と松田の身体を降ろし、肩を貸して改めて階段を登り始めた。
「なんで人の親切を踏みにじるかなあ・・・」
「そういうのを、親切の押し売りってんだよ」
「あ、かわいくねーなー、その言い方」
「野郎がかわいくってどうすんだよ」
「だいたい、まだるっこしいんだよなー」
「だったらここでいいから、もう帰れ」
「そういうわけにいかねーだろ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、巽は結局、松田の部屋まで肩を貸してついてきた。
「ありがとな」
改めて礼を言う松田に、巽は何か言いたげな顔をして見せたが、結局何も言わずに踵を返した。意地を張ったまま出て行こうとする巽に、松田は小さくひとつ息を吐いた。
「タツ」
「え?――おわっ」
松田は、振り向いた巽の襟元を掴んで、ぐいっと引き寄せると唇を重ねた。数瞬のくちづけの後、松田は、掴んでいた襟元を放し、とん、と巽の身体を軽く突き放した。
咄嗟のことに見開かれたままの巽の眼を覗き込み、松田はちょっと意地悪く笑って見せた。
「眼くらいつぶれっつったの、誰だっけな?」
松田の言葉に、巽はバツが悪そうに視線を逸らした。
「――俺だよ」
不貞腐れたような巽の声に、松田はくつくつと笑いを零した。
「どうせ、俺はガキだよ――」
拗ねたようにそう言うと、巽は、松田の背に腕を回して抱き寄せ、まだくすくすと笑いを零す唇に噛みつくようにくちづけた。松田が巽の髪に手を差し入れ、誘うようにより深く唇を重ねた。
強引に歯列を割って滑り込んでくる巽の舌をするりと躱して、松田の舌が巽の口内に滑り込んだ。口蓋をそっと撫で上げられて、巽の背を甘い痺れが駆け上る。
「――ん」
繰り返される濃厚なくちづけに、巽の唇からくぐもった声が漏れた。思わずわずかに身を引いた巽の唇を解放して、松田はにっと悪戯っぽく笑った。
「タツ、勝手知ったるなんとやら、だ。トイレでも風呂でも好きな方、使えよ。――コーヒーでも淹れといてやるから」
そう言うと、松田はひょこひょこと足を引き摺りながら、部屋の奥へと消えていく。巽は、御し難い熱を抱え込んだまま、放り出されてしまった。
「ちょっ・・・、リキさん・・・?――――なんだよ!こんなのアリかよぉ〜」

コーヒーの香りが部屋に満ちる頃、結局、冷たいシャワーを浴びる羽目になった巽が入ってきた。不貞腐れた巽の様子に、松田は苦笑を漏らし、コーヒーを差し出した。
「機嫌直せよ」
巽は、むっつりと黙り込んだまま、ソファにも掛けずコーヒーを飲み干した。
ソファに掛け、巽を横目で見ながらカップを傾けていた松田は、小さく息を吐いた。ちょっと悪戯が過ぎたらしい。さて、どうしたものか、と思っていると、巽が、空になったカップをぞんざいにテーブルに置き、松田の手からカップを取り上げた。
「タツ?」
巽は、訝しげに見上げる松田の肩を捉え、体重を掛けるようにして、松田の身体をソファに押し倒した。真上から、松田の顔を覗き込む。
「リキさんさあ、俺のこと、なんだと思ってるわけ?」
「何だって言われてもなぁ・・・」
真っ直ぐに見下ろしてくる巽の視線から、わずかに目をそらして松田が呟く。
その先を待たず、巽は松田に唇を寄せた。その巽の眼に視線を戻した松田が、小さく笑って口を開いた。
「アイシテルよ」
そのまま固まってしまった巽は、たっぷり十は数えられる沈黙の後、やれやれとばかりに肩を竦めた。身を起こし、首を振りながら言い捨てる。
「――言ってろよ」
そして、ぷいっと背を向けると、巽はドアに向かった。
「タツ?」
ソファから起き上がって呼び止める松田の声にも振り向かず、巽は部屋を出ていった。残された松田は、髪をさらりとかき上げ、苦笑を浮かべた。どうやら、タイミングが悪かったらしい。
松田は窓辺に寄り、マンションの前に停められたハーレーを見下ろした。しばらくすると、マンションを出て行く巽が見えた。そのまま、松田の部屋を振り向くこともせず、ハーレーのエンジンをかけ、走り去る。
遠ざかるハーレーのテールランプを見送って、松田は肩を竦めた。
――結構、マジで言ったんだけど。俺ってあんまり信用ないなあ・・・
それから、松田はくすくすと笑いを零した。
「ま、無理もないか」

[END]

[Story]