Secret Party ◇2◇ リキの誕生日


「どうかしたのか」
しきりに腕時計を気にする桐生に気づいて、谷が問いかけた。桐生は慌てて首を振った。
「いえ、なんでもないです」
なんでもないことなどないのだ、本当は。桐生は胸の中でもう何度目かわからない舌打ちをした。今、この街を逃げ回っている銀行強盗犯に、鉛弾をぶち込んでやりたい、とさえ思った。
予約していた、ちょっとリッチなレストランはキャンセルするしかないだろう。目を付けておいたプレゼントも買いに行く暇はない。一年に一度の大切な日だというのに、先週起こった銀行強盗のために台無しになってしまった。
『一度戻って食事を摂って下さい』
無線から大門の声が響いた。
「了解」
谷の応えに合わせて、桐生はハンドルを切った。
「リキさん、30分だけ俺に頂戴」
報告がてら食事を摂りに戻った松田を捕まえて、桐生は囁いた。
「なんだよ?」
先週から不眠不休で駆けずり回って少々不機嫌な松田を、引っ張るようにして駐車場に連れ出す。そのまま松田を黒パトに押し込んで、急発進する。
「どこ行くんだよ」
「30分、30分だけ、俺に付き合って」
もう一度懇願した桐生に、松田は憮然として押し黙ってしまった。
桐生は、10分ほど車を走らせて、背の高いビルの地下駐車場に黒パトを滑り込ませた。
今度は、黙ったままの松田を黒パトから引き摺り下ろすように連れ出して、エレベーターへ駆け込む。
「ったく、なんなんだよ、一体」
休憩を兼ねた食事の時間を潰されて、松田の機嫌は悪かった。
「あと、ちょっとだけ」
桐生は、両手で拝むようにして松田の機嫌を取ると、最上階でエレベーターを降り、屋上へと続く非常階段を上る。屋上の非常ドアを開けると、煌く夜景が目の前に広がった。桐生の隣で、松田がふっと息を飲んだ。
「ハッピー バースデイ、リキさん」
「リュウ」
「ゴメンね、リキさん。ほんとはリッチなディナーも予約してたんだけどさ」
「バーカ」
「前島のおかげで、プレゼントも買えなかったし」
「いいよ」
眼下に広がる夜景に見惚れている松田の両肩に手を添えて、自分の方を向かせると、桐生は松田の眼を覗き込んだ。
「10秒でもいいから、リキさんと2人で祝いたかったんです」
「莫迦」
松田は小さく笑うと、桐生の額にキスをした。桐生は、松田のしなやかな細い背中を力いっぱい抱き締めた。
「ハッピー バースデイ、リキさん」
[END]


ちなみに。寺尾聰さんの誕生日は5月18日。

初出:『裏西部』

2015.05.18再掲


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