有情


秀は、灯りも点けず、柱に寄りかかるように背を預け、膝を抱えてうずくまった。
「おゆうさん・・・」
秀は低く呟くと、凭れていた柱に、こつりと頭を打ちつけた。深いため息が、零れる。
脳裡に甦る、初めて会った時、土手の草に隠れるようにして泣いていた姿。赤ん坊を抱いて、駆け込んできた姿。この腕に抱いた、血塗れの身体、青褪めた頬。そして、夢の中で見た、おゆうと赤ん坊と三人の『家族』。
閉じた瞼が、震えた。
その時、からりと表の障子戸が開いた。影が、するりと滑り込む。
「三味線屋・・・」
気怠げに、秀が目を向けた。勇次は、何も言わない。
「何の用だ」
秀は目を逸らし、また柱に頭を凭せかけた。天井の暗がりを、ぼんやりと見上げる。
勇次は黙ったまま座敷に上がり、すっと秀の横に片膝をついた。つと手を伸ばし、秀の腕を掴む。
秀が、はっと振り向いた。
勇次は、そのまま力を込めて秀を引き寄せ、床に押さえ込んだ。
「よせ!今は、そんな気分じゃねぇ」
勇次の手を振り払おうとする秀の身体を、さらに押さえ込む。
「だから抱くんだよ」
秀が、はっと眸を見開き、勇次を見上げた。勇次の切れ長の眸が、ひたと秀の眸を見据えた。
ふいと目を逸らした秀が、すっと目を伏せた。
「怒ってるのか」
「ああ」
苦しげに歪む秀の横顔を見下ろして、勇次は低い声で答えた。
「裏の仕事を忘れて、女に惚れたお前ぇに腹を立てているんだよ」
一つ大きく息を吸うと、秀はふうっと息を吐いた。
「夢を見たんだ。おゆうさんと子供と、人並みの家族になる夢を」
勇次は、眉根を寄せた秀の横顔を、黙って見下ろした。
「どだい、無理な夢だったんだ。こんな血に汚れた手で、子供を抱けるわけがなかったのにな」
秀の長い睫毛が、震えた。勇次は、そっと目を伏せた。
「俺も、そんな夢を見た。仲間を抜けて、子供の、本当の父親になろうってな」
眸を開いた秀が、勇次を見上げ、どこかが痛むかのように顔を歪めた。
お小夜と言ったか。幼い頃、勇次が三味線の手解きをしたという女。家元の息子に手篭めにされて産んだ子を、勇次に託した女。
結局は、子供もろとも殺された。
「・・・勇次」
「どだい、無理な夢だったのさ」
秀が、勇次の背に腕を回し、衣をぎゅっと掴んだ。
「そうだな。こうして手を血で汚した者同士、抱き合うのが似合いだな」
勇次は、秀の擦り切れた半纏をはだけ、露わになった肩に白い歯を立てた。
「お前ぇは、泣きな」
俺は、泣いてやることもできなかったから。
「勇次・・・・」
秀は、勇次の衣を掴む手に力を込めた。
勇次の唇が、秀の灼けた肌を滑る。秀の唇から、すすり泣くような声が零れた。
白い指が三味線の弦(いと)を弾くように秀の身体をなぞると、引き締まった身体がしなり、啼き声を上げた。
勇次に嬲られるままに、秀は乱れた。強く突き上げられ、身体を揺さぶられる。
「んっ・・・ああっ」
きつく閉じた目尻から、大粒の涙が零れて落ちた。
泳いだ手が、勇次の背を抱き、強く爪を立てる。
勇次は、秀の背をきつく抱きしめ、嗚咽のような喘ぎを漏らす唇に、そっと唇を重ねた。
灯りの点らぬ暗い部屋の中、二人は暖めあうように、ただ抱き合い続けた。



2015.09.19


[Story]