no-dice

One-Night Stand ◆4◆


松田はリビングのソファに掛け、煙草を燻らせながら、新聞を読んでいた。コーヒーの香りが部屋に漂っている。
巽は、松田の姿を見て、泣きたいような安堵を憶えた。まるで迷子のガキみたいだ。そう思うと、自分でも可笑しかった。
「リキさん」
巽が声をかけると、松田は新聞から目を上げた。いつもと変わらない笑顔を向けてくる。
「起きたか。――コーヒーでも飲むか?」
そう言うと、巽の返事も待たず、身軽く立ち上がりキッチンへ姿を消した。程なくカップを片手に戻ってくる。
「ほら」
巽は差し出されたカップを受け取ると、口元へ運びながら、ソファへ戻って新聞を取りあげる松田の姿を無意識に目で追った。
拍子抜けするほどに、松田の態度はいつもと変わらない。いつだったか、松田の部屋で酔いつぶれてしまった翌朝も、こんなふうにコーヒーを淹れてくれたことを思い出す。
「――あのさあ・・・」
「なんだよ?」
言い出しかねて口を噤んだ巽を、怪訝な顔をして見返す松田の眼差しは、全くいつもと変わらない。
「いや―――俺さ、昨日・・・」
意を決して口を開いた巽の言葉を最後まで聞かずに、松田は「ああ」と笑った。
「ま、あんなことは、誰にでもあるさ。気にすんなよ」
「リキさん?」
煙草をくわえた松田は、悪戯っぽく笑って言葉を続ける。
「けど、おまえ早く彼女つくれよ。――今度からは女に慰めてもらえ、な?」
「なんだよ、それ!」
「タツ?」
思わず声を荒げた巽を、松田は訝しげに見上げてくる。
巽は、手にしていたカップをテーブルに音を立てて置いた。ぱしゃり、とコーヒーが撥ねる。
「俺は――俺、リキさんが好きだって言ったじゃねぇか!」
睨みつけるように松田を見据えて言った巽に、松田は宥めるように笑い掛けた。
「タツ、おまえちょっとナーバスになってんだよ。ちょっとした気の迷いってヤツだ」
「違う!」
「違わない。――なあ、タツ、落ち着けよ。第一、俺、男だぜ?」
子供を諭すような松田の口調に、巽は苛立った。
「だからなんなんだよ!」
「なんなんだよって、おまえなあ・・・」
今度はぼやくような松田の口調に、業を煮やした巽は、松田の腕を取り、無理矢理引き寄せてくちづける。
巽の腕を振り解き、さすがの松田も声を荒げた。
「タツ、いい加減にしろよ!」
「だったら――だったらなんで昨日・・・」
言い募る巽に、松田は小さく息を吐いて口を開く。
「しょうがねぇだろ、他に思いつかなかったんだから。――緊急避難ってヤツだよ」
最後は、小さく苦く笑って、松田は視線を落とした。
「よそうぜ、タツ。野郎同士で好きだのなんだの。――どうかしてる」
「そんなこと、俺は、どうだっていい!」
「よくないだろ。――とにかく、頭冷やせ」
「リキさん――」
松田は、まだ何か言いたげな巽の言葉を遮るように、時計を指差した。
「話はお終いだ。さっさとしねぇと遅刻しちまう」
松田は、不満げな巽の背を押すようにして、部屋を出た。



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