no-dice

犬張り子ろの段


秀は、柱に背を凭せ掛けて、犬張り子を弄んでいた。
「こんなもん、どうしろってんだよなあ」
ぽんと放り上げて、受け止める。また放り上げては受け止めて、つまらなさそうに唇を尖らせる。
暮れも押し迫ったころ、相も変わらずおけらの加代が押しかけてきた。
「ねぇ、なんか食べさせてよぉ」
遠慮のかけらもない加代を、いつもなら追い返す秀だが、ちょうど正月に合わせた注文をいくつも仕上げたところで懐が暖かったこともあり、鰻を奮発することにしたのだ。
師走の人込みをすり抜けて、歳の市を冷やかして歩く。少しばかりの買い物で福引を引かせてもらえたのはよかったが、当たった物が悪かった。
年の瀬ということもあり、当たった二等は正月の縁起物の犬張り子だったのだ。だが犬張り子は、それ以上に、枕元に置くと子宝に恵まれるという縁起物である。独り身の加代と秀は、互いに戸惑った顔を見合わせた。
「あんたが持って帰りなさいよ」
「お前こそ持って帰れよ」
鰻を頬張りながら押し付けあったが、結局は押しの強い加代に押し切られて、秀が持って帰る羽目になってしまった。
そのまま座敷に放り出していた犬張り子を、年明けの手持無沙汰に弄んでいるところに、からりと表の障子が開いた。
犬張り子を手にしたまま目を向けると、勇次が角樽と何やら包みを提げて立っていた。
「なんだい、それぁ」
秀の手の中の犬張り子に目を留めて、勇次が大げさに目を丸くする。
「犬張り子だよ。見りゃわかんだろ」
勇次は、上り框に腰を下ろして、角樽と包みを置いた。
「そんなこたぁ分かってるよ。お前ぇ、なんでそんなもん持ってるんだい」
秀はむっつりと顔を顰めた。
「歳の市の福引で当たったんだよ」
「へえぇ。それで後生大事に持ってんのかい」
秀は、ますます顔をしかめた。
「加代に押しつけられたんだよ」
「ふぅん」
面白そうに秀を見ていた勇次が、何か思いついたように、にやりと笑みを浮かべた。
「で、俺の子でも孕みたくなったのかい」
一瞬嫌そうな表情を浮かべた秀が、ふと考える目になり、犬張り子を畳の上に置いて、勇次に近づいた。
「ああ、霊験あらたかだってぇからな。男の俺でも孕むかもな」
薄く笑みを浮かべた秀のしなやかな両腕が勇次の首に絡みつく。
「へぇ、随分可愛いことを言うじゃねぇか」
眼を細めて口元に笑みを刷いた勇次が、柔らかな髪を掴み秀の顔を仰のかせる。そのまま秀を板の間に押し倒し、覆いかぶさった。薄く開いたふっくらとした唇に誘われるままに唇を重ねる。
その瞬間、勇次は鳩尾にずしんと強い衝撃を受けて息を詰めた。
「くっ」
白く端正な顔が、苦痛に歪む。
秀が勇次の鳩尾を膝で蹴り上げたのだ。
「莫ぁ迦、ざまあみやがれ」
ふふんと笑った秀が、身を折る勇次の身体の下からするりと滑り出た。
その手を、つと伸びた勇次の手が掴んだ。はっと身構えた途端、秀は床の上に引き倒され、両の手が頭の上に纏めて抑えつけられていた。勇次の手を振り払おうと身を捩った時、ぴん、と糸の音が響き、抑えつけられた両手の親指に糸が絡みついた。
きつく糸を巻きつけられた親指は、どんなに力を込めても離れない。
「何しやがる」
黒目がちの大きな眸が、きっと勇次を睨みつけた。
「それぁ、こっちの科白だ。人を思い切り蹴り上げやがって」
切れ長の眸をすっと細めた勇次が、秀の顎を摘まんだ。
「どの口がそんなことを言ってるんだ」
親指が、つっと秀の柔らかな唇をなぞる。触れるか触れないかの感触に、秀の背中にぞくりと甘い痺れが走った。
「この口かい」
にやりと笑った勇次が、秀の唇に唇を重ねる。勇次の舌が歯列を割り、秀の口中に忍び入る。舌を絡めとり、きつく吸い上げた。
「んっ」
深くくちづけられて、秀がくぐもった声を漏らした。
勇次の濡れた唇が、するりと首筋に滑り落ちる。ぐいと色の褪せた半纏の襟をはだけ、露わになった肩に唇を触れる。
「たっぷり可愛いがってやるよ」
唇を肌に触れたまま囁かれ、びくりと秀の身体が震えた。
白い悪戯な指が秀の帯を解き、はらりと開いた半纏の下から現れた、引き締まった脇腹を撫で上げる。
「あっ」
目元をほんのりと朱に染めた秀の唇から、甘い吐息が零れ落ちた。
くくっと喉を鳴らして勇次が笑った。
「体はこんなに素直なのにな」
かっと頬を染めた秀が、膝で蹴り上げようと脚に力を込める。その膝を太腿で抑えつけて、勇次はにやりと笑った。
「二度も同じ手は食わねぇよ」
ちっと舌打ちをした秀が、ぷいと顔を背けた。その横顔を見下ろして、勇次はまたくつくつと笑った。
秀の背中に忍び込ませた手で、腹掛の紐をほどく。するりと腹掛を引き抜き、露わになったなだらかな胸に指を這わせ、小さな突起を探り当てると、きゅっと摘まむ。
小さく眉を寄せた秀は、唇をきつく噛んだ。
「強情な奴だな」
呆れたように笑うと、勇次は秀の胸に顔を寄せた。赤い舌がちろちろと灼けた肌をなぞる。
甘い感覚に抗うように、秀はゆるゆると頭を振った。柔らかな髪が床の上で、ぱさりと音を立てる。
繰り返される濃厚な愛撫に、秀の芯が熱を帯び始める。下肢に触れる秀の熱を感じて、勇次は薄く笑った。
勇次の指がするりと滑り落ち、秀の熱に触れた。ゆっくりと絡みつく指に煽られて、秀の身体が更に熱を帯びていく。
きつく眉根を寄せた秀は、声を漏らすまいと唇を噛み締めた。
ふっと笑った勇次の指が、秀の熱をきゅっと締めつけた。そのまま強く扱き上げる。
強い快楽を与えられて、秀はふるりと身体を震わせて白い精を勇次の手の中に放った。
秀の身体が、くったりと力なく床に横たわる。秀は、目を閉じたまま荒い息を吐いた。引き締まった腹が、大きく上下する。
秀の呼吸がおさまるのを待ち、勇次は口を開いた。声には面白がるような響きがあった。
「まったく、お前ぇも偶には素直になりゃあいいのにな」
漸く息を整えた秀が、目を開き、横目で勇次を見上げた。
「なるかよ、莫ぁ迦」
そう言うと、秀は戒められたままの両腕を勇次の首にかけて引き寄せた。少し首を傾けて、潤んだ眸でちらりと勇次の眸を覗き込むと、目を伏せ、くちづけをねだるように薄く唇を開く。
ふっと勇次の眸が笑い、そのまま静かに唇を重ねる。薄く開いた唇に舌を差し入れると、秀の熱い舌が絡みついた。
勇次の掌が、しなやかな秀の背中を滑り降り、引き締まった臀部を揉みしだいた。
秀は、勇次の舌に舌を絡みつけたまま、微かに眉を寄せた。
臀部を彷徨っていた勇次の指が、つと秀の秘めやかな蕾に触れた。
っと指先を潜り込ませると、敏感な部分を探り当て、指を蠢かせる。
身体の奥で悪戯に蠢く指に翻弄されて、秀は知らず腰を揺らめかせていた。
たっぷりと秘めやかな部分を嬲り尽くすと、勇次はそろりと指を引き抜いた。肉襞が絡みつき、内蔵ごと引きずり出されるような感覚に、秀の身体が甘く蕩けていく。
勇次は、下穿きを引き下ろして抜き取ると、秀の長い脚を肩の上に抱え上げ、ゆっくりと秀の中に身を沈めた。
「くっ・・・ぅん」
きつい体勢のまま勇次を受け入れて、秀は甘い呻きを漏らした。
焦らすようにゆっくりと何度も突き上げられて、きつく閉ざした眦が薄紅に染まる。
ふるりと身を震わせて勇次が秀の中に精を放つと、秀の身体ががくがくと震え、白い精が引き締まった腹を濡らした。
勇次がゆるりと秀の身体を解放すると、秀は震える瞼を閉じたまま、ぐったりと床の上に横たわった。
秀の親指を戒めていた糸を、勇次がぷつりと白い歯で噛み切った。そのまま、乱れた息を漏らす秀の唇に掠めるようなくちづけを落とす。
薄く目を開いた秀が、勇次をちらりと見上げ、また目を伏せた。

身体の火照りを冷ますように、しどけなく床に伏していた秀の肩が、ふるりと震えた。
「ちゃんと着ろよ。風邪引くぜ」
勇次が手を伸ばし、腰のあたりに絡まるばかりになっていた半纏を肩まで引き上げた。
「ん・・・」
気怠げに目を開いた秀が、横目で勇次を見上げる。
「結局お前ぇ、何しに来たんだよ」
勇次が、心外だ、というように秀を見やった。
「何って、年始の挨拶だろ、酒と肴を持って」
ああ、と小さく呟いて、秀は上り框につき据えられたままの角樽と包みに目をやった。
気怠く身を起こし、肩から滑り落ちる半纏を引き上げ、身頃を合わせて寒そうに肩を竦める。乱れた髪に手を差し入れ、くしゃりとかき回して、目を眇めた。
その様をちらりと見やった勇次が、大きく息を吐いた。
「いい加減、ちゃんと着ろ。そんな格好されてたんじゃ目の毒だ」
「莫迦野郎」
秀の頬にさっと血が上る。ぷいと顔を背け、服を拾い集めて身に纏う。
すっと立ち上がった勇次が、勝手に下りて、徳利や片口を取り出した。
「酒でも飲みゃあ、身体も温まるだろ」
手際よく燗をつける勇次の向かいに、帯を締めながら秀が腰を下ろす。
お前ぇと飲むのも久しぶりな気がするな」
「そうだっけな」
つと目を上げた勇次が、呟く。
「お前ぇは、いつも女と飲んでんだろうが」
むっつりと言うと、勇次の眸が笑った。
「なんだ、妬いてんのかい」
「背負ってんじゃねぇよ」
むっとしたように口元を歪める秀に、くつくつと笑った勇次が猪口を差し出した。
「とりあえず飲んで身体を温めな」
眉を寄せたままの秀が受け取った猪口に酒を注ぎながら、勇次はにやりと笑みを浮かべた。
「それとも、また暖めてやろうか」
「馬鹿言ってろ」
呆れた顔をする秀を見やってくつくつと笑った勇次は、猪口を口に運んだ。
二人はそれきり黙ったまま猪口を傾け、静寂に身を委ねた。
[終]


2015.01.02


[Story][いの段]