Temptation
〜接吻〜
早朝。 いつも遅刻ぎりぎりに駆け込んでくる巽が、珍しくずいぶんと早く西部署に姿を現した。胸の中に密かな疑問を抱え込んで。 どうして、こんな時間に目覚めてしまったのか。 どうして、もう一度ベッドに潜り込まず、朝早くから署に出てくる気になったのか。 どうして、夢の中の松田はあれほど妖艶なのか。 どうして―――。 胸の中の疑問を一つ一つ数えながら、階段を上る。 刑事部屋の前に立った巽は、ノブに手を掛けたまま、息を深く吸い込んだ。 この扉を開けば、宿直の松田が眠っている。それを思うと、何故か自然に鼓動が早くなる。どきどきと高鳴る鼓動を鎮めるように、もう一度深く息を吸い込んで、ドアを開いた。 足音を忍ばせてソファに近づくと、細い体を毛布に包んで、松田が眠っていた。 そっと屈みこんで、寝顔を覗き込むと、長い睫毛が頬に翳を落としていて、どきりとするほど艶っぽい。 細い頤を毛布に埋めて眠っている松田の寝顔を、息を殺して見つめ続ける。薄い唇が微かに開かれて、健やかな寝息が漏れている。嗅ぎ慣れた煙草の匂いが、巽の鼻腔をくすぐった。 じっと見つめていると、ふと身動ぎをした松田がうっすらと眼を開いた。とろんと眠たげに潤んだ眸がぼんやりと巽を見つめた。 はっとして息を詰めた巽が、慌てて身を起こそうとしたとき、毛布の中から松田の腕がするりと伸びてきて、巽の首に絡みついた。 「!―――リキさん?」 「タツ?」 まだ目覚めきらない松田の眸が、焦点の合わないまま巽の眸を覗き込んでくる。ぞくぞくするほど艶っぽい眸に、巽は二の句が継げなかった。 巽の首に絡みついた腕に僅かに力が込められ、巽は松田に引き寄せられた。 薄い唇がふわりと開いて、巽の唇を塞いだ。するりと滑り込んできた松田の舌が、巽の舌を絡め取る。きつく吸い上げられて、巽の体の芯に熱がともった。巽は、どぎまぎしながら身を強張らせて松田のくちづけを受けていた。そろりと動いた松田の舌が、巽の口蓋を舐め上げる。巽の中の熱がじんじんと増していった。 気の遠くなるような長いくちづけ。めくるめく快感の中で、巽はおどおどと、だがしっかりと松田のくちづけに応えて、舌を松田の唇の間に滑り込ませた。 首に絡みついていた松田の腕の力が僅かに緩んで、巽が唇を浮かせると、透明な糸が二人の唇の間を繋いだ。 「―――タツ、俺のことが好きかい?」 しっとりと濡れた松田の唇から、甘い囁きが零れ落ちた。 「す、すっげぇ、好き―――!」 巽は反射的に答え、カーッと耳まで赤く染めた。ぎゅっと眼を瞑る。 くすっと笑った松田が、巽の瞼に唇をそっと触れさせた。 「可愛いな、タツは―――」 可愛いなどと言われて、またカーッと血を上らせた巽が抗議をする前に、松田はするりと身を起こして、毛布をぱふんと巽の頭に被せた。 「顔洗ってくるよ」 松田の匂いの残る毛布を被せられて、硬直してしまった巽をそのままに、刑事部屋を出て行ってしまう。 『俺のことが好きかい?』 松田の言葉が、巽の頭の中をぐるぐると駆け巡る。 今まで胸の中にもやもやとしていた想いの意味が分かった気がした。巽は松田に心惹かれているのだ。 松田は?松田はどう思っているのだろう。 新たな疑問が沸き起こり、巽はどうしていいのか戸惑うばかりだった。 2004.06.01
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