Can't Stop・・・☆リュウの場合☆


「――それで、ゲンの野郎がさ・・・」
桐生は、松田の声を聞きながら、なんとなくその唇を見つめていた。松田のやや薄い唇が、ときどきグラスを口に運びながら言葉を紡ぎ出すのを、じっと見ていた。
「・・・だろ?」
松田が相槌を求めるように桐生を振り向いたとき、桐生は吸い寄せられるように、その唇に唇を重ねていた。松田の唇は思いの外柔らかく、嗅ぎ慣れた松田の煙草の匂いが、桐生の鼻孔をくすぐった。
「――おまえ、何考えてんの?」
桐生が唇を離すと、松田は訝しむように眉を寄せて、桐生を見返した。
「えっ・・・と、いや、なんかさあ、リキさんの唇って気持ち良さそーだなー、なんて・・・」
愛想笑いを浮かべて答える桐生に、松田は、ちょっと呆れたような苦笑を浮かべた。
「で、気持ち良かったわけ?」
「そりゃあ、もう!」
桐生は、満面の笑みを浮かべて断言すると、腕を伸ばして松田を引き寄せた。
「だから、もう1回♪」
そのまま、再び唇を重ねようとする桐生の腕を払いのけて、松田は軽く桐生の頭をはたいた。
「バカ言ってろ。ったく、何考えてんだかなー・・・」
「――何って、気持ちイイことしたいだけですけど」
ぬけぬけと笑顔のまま答える桐生に、松田は、呆れ返ったように深い溜め息を吐いた。
「あのね、そういうことは女の子とやってくれないかな、桐生くん?」
松田の言葉に、桐生は、ちっちっち、と立てた人差し指を振ってみせた。
「男でも女でも、気持ちイイもんはイイんです。――でもってぇ、目の前にぃ、気持ちイイ唇があるのにぃ、気持ちイイことしないのはぁ、もったいないと思いません?」
「思いません!」
即答して、グラスを口に運ぶ松田を見て、桐生は情けない声を出した。
「そんなあ・・・、何も即答しなくっても・・・」
「黙れ、酔っ払い。気持ちいいことしたけりゃ、他あたれ。でなけりゃ、黙って飲んでろ」
ぷん、といささか不機嫌そうな横顔を向けて、煙草をくわえた松田に、桐生がにじりより、猫なで声で囁いた。
「ねーねーねー、リキさ〜ん。気持ちイイことしましょうよぉ」
ぞぞぞぞぞ。 松田は、背筋に走る異様な感覚に、思わず桐生に向き直った。
「いい加減にし――」
ろ、という音は、重ねられた桐生の唇に呑み込まれた。桐生はすかさず舌を滑り込ませ、松田の舌を絡めとると同時に、その身体を床に押え込んだ。じたばたともがく松田の身体を、全体重をかけて押え込み、桐生はじっくりと、こころゆくまで『気持ちイイこと』を堪能した。
・・・ふ」
ようやく唇を解放された松田が吐息を吐くと、桐生はにやにや笑いながら、ウインクをしてみせた。
「ね、気持ちいいでしょ?」
「んなわけあるかっ」
桐生を睨んだ松田の目元が、ほんのりと薄紅に染まって、妙に艶っぽい。
「あれー、変だなー?気持ちよくない・・・?」
「当り前だ。さっさとどけ!」
「――んじゃ、これは?」
松田の上にのしかかったまま、ひとしきり首をかしげていた桐生が、おもむろに松田の首筋に顔を埋めた。一瞬怯んだ松田の耳の後ろを、そっと舐め上げる。
松田の身体がぴくりと震えたのを認めて、桐生は密やかに笑った。松田の首筋に唇を触れたまま、囁く。
「ね、気持ちいいでしょ?」
「あのなぁ・・・」
松田の抗議を封じるように、桐生の唇が松田の首筋を滑り降りた。襟元から零れたネックレスが、松田のそれと触れ合って、乾いた音を立てる。桐生は、松田の胸元を飾る金の鎖ごと、松田の肌をきつく吸い上げた。
松田の身体が、隠しようもなく大きく震えたのを見て、桐生は、自信たっぷりの笑顔を浮かべて松田の顔を覗き込んだ。
「ね、気持ちいいでしょ?」
「いいから、どけ」
「あ、やっぱイイですよね♪」
「誰もそんなこと言っとらん!」
「――じゃあねぇ、こういうのは?」
桐生は、睨みつける松田の視線を意に介さず、素早くシャツのボタンをはずし、手を滑り込ませた。なだらかな胸を辿った指が、突起を探り当て、きゅっと抓んだ。 びくりと身体を震わせた松田に気をよくした桐生は、もう一方の突起を舌で嬲ろうと胸に顔を伏せた。途端――。
「いたたたたっ」
髪を鷲掴みにされた桐生が、悲鳴を上げる。
「リキさ〜ん、ご無体な〜」
力任せに松田の胸から引き剥がされた桐生は、痛みに顔を歪め、情けない声を上げた。
「ご無体は、おまえだろーがっ」
「だって、さっきイイって言ったじゃないですかぁ・・・」
「誰が言ったんだ、誰が」
「リキさん♪」
髪を掴まれたままにっこりと笑う桐生に、松田は目眩を憶えた。疲れたように口を開く。
「――おまえなぁ・・・」
「だって」
松田の両膝を割って入り込んだ桐生の手が内腿を滑り、桐生の悪戯に誘われて微かに熱を帯び始めている松田自身にそっと触れた。甘い刺激が松田の背筋を駆け上る。
「ほ〜らね、身体は正直」
言葉に詰まった松田の顔を覗き込んだ桐生の、男にしては紅い唇が、にっこりと淫靡な笑みを刷く。
「絶対、満足させてあげます♪」
松田は、根負けしたように小さく息を吐くと、全てを酒のせいにしてしまうことにして、眼を閉じた。
「――わかった、わかった。おまえさんは酔ってる。俺も酔ってる。だから好きにしろ」
「あー、素直じゃないなー、リキさん」
「――俺は酔ってないことにしてもいいんだぞ。その代わり、さっさとどけよ?」
桐生の言葉に、ぱちりと目を開いた松田が、冷ややかに言い放つ。
「あ!酔ってます、酔ってます!俺、目一杯酔ってます!」
松田は小さく笑うと、勢い込む桐生の首に腕を絡めて引き寄せた。
「――しょうがねぇなぁ、この酔っ払いは・・・」
[END]



初出:裏西部

2015.04.21再掲

[Story]