no-dice

犬張り子いの段


秀は、座敷の隅にころんと横ざまに転がっている犬張り子にちらりと目をやると、ふうっとため息を吐いた。
「こんなもん、どうしろってんだよなぁ」
切り放しの髪に手を入れ、ぐしゃぐしゃとかき回す。
昨年の暮れ、いつもオケラで年がら年中ぴーぴー言っている加代が押し掛けてきた。
「ねぇねぇ、何か食べさせてよ」
いつもなら追い返すところだが、正月合わせの仕事が立て続けにあり、身入りの良かった秀は、まあ偶には、と気前よく鰻を奢ることにしたのだった。
二人連れ立ち師走の街を歩き、歳の市で少しばかりの買い物をした。その福引きで二等の犬張り子が当たったのだ。
「あんた持って帰んなさいよ」
「お前ぇこそ」
正月の縁起物の犬張り子だが、それ以上に、枕元に置くと子宝に恵まれるという縁起物なのだ。福引きの掛の者には加代と秀が夫婦者に見えたのだろう、満面の笑みで「おめでとうございます」と声を張り上げたが、二人は互いに苦虫を噛み潰したような顔を見合わせた。
とにかく独り身の加代と秀には無用のもの。鰻を頬張りながら互いに押しつけ合ったものの、結局は押しの強い加代に負けた秀が持ち帰る羽目になったのだ。
男独りの年越しを転がった犬張り子と過ごした秀は、また一つ大きくため息を吐くと、うんっと伸びをして立ち上がり、作業場にしている板の間に腰を落ち着けた。
年明け早々ではあるが、初詣を済ませると他には何もすることがない。鏨と槌を取り上げると、作りかけの簪に向き合った。
とんとん、とんとん、と槌の音を響かせていると、秀は他のことを忘れ、作業に没頭した。
ふと顔を上げると、もう日は傾き、長屋の中は薄暗くなりかけていた。
「もうこんな時間か」
長く同じ姿勢を続けたために、すっかり凝ってしまった肩と首をぐるっと回す。
晩飯はどうするかな、などと思っているところに表の障子が開いた。
「加代かぁ」
言いながら首を伸ばすと、角樽を提げた勇次が立っていた。
「よう」
「三味線屋・・・」
思わぬ来訪者に、一瞬呆気に取られて目を丸くする。
「新年早々、どうしたんだよ」
「ご挨拶だな。新年の挨拶に来たんだろ」
そう言うと、提げていた角樽を軽く掲げ、上り框に下ろした。
「一人で飲んでもつまらないしな」
遠慮もなく上がり込んだ勇次は、板の間を抜けて勝手に座敷に通り、裾を捌いて胡座をかいた。
「おふくろさんはどうしたんだよ」
妬けるほどに仲の良い母子が、正月を一緒に過ごさないとは珍しい。
「暮れから旅に出てるよ」
しばしば旅に出るおりくではあるが、わざわざ年越しにかけて出かけるには、何かそれなりの訳があるのだろう。
「何かあったのか?」
訝しんで目をすっと細めた秀に、勇次は肩を竦めてみせた。
「さあな。おっかさんは気紛れだからな」
とりあえず込み入った事情がある訳でもない様子に、秀は肩の力を抜いた。
「おふくろさんが留守なら、女の処にでもしけこみゃいいじゃねぇか」
道具を道具掛けに戻していると、勇次が不意にどこか面白がるような声を上げた。
「なんだい、これぁ」
振り向くと、勇次の手には転がっていたはずの犬張り子があった。
「それがよぉ」
まあ聞いてくれよ、とばかりに少し顔を顰めながらいきさつを話そうとする秀に、勇次が犬張り子を弄びながらにやりと笑いかけた。
「俺の子でも孕みたくなったかい」
「ばっ・・・」
あまりの科白に、秀は耳まで赤くなる。
「んなわけねぇだろっ」
秀は、ぷいと顔を背けた。
くっくっと喉で笑った勇次が、つと手を伸ばし、秀の腕を掴んだ。
「何すんだよっ」
勇次の手を振り払おうとする秀の力を逆手に取り、ぐっと力を込めて引き寄せる。
「今さら照れる仲でもねぇだろう」
笑いながら、秀の身体を畳の上に押し倒す。
「莫迦野郎!お前ぇ、新年の挨拶に来たんじゃねぇのかよっ」
「だから、念入りに挨拶させてもらうよ」
勇次の眸が悪戯っぽく笑った。
「まあ、姫初めってところだな」
勇次の手が、秀の擦り切れた半纏の襟をくつろげる。
「いい加減にしろよ」
勇次の身体の下で、秀は弱々しくもがいた。その動きでさらに襟元が大きくはだけてしまう。
露わになった肩に、勇次が唇を寄せた。肌に触れた温もりに、秀はぴくりと身体を震わせる。
するりと肌を滑った唇が項を辿ると、甘い痺れが背中を這いのぼり、秀は眉を寄せた。
勇次の指が、しなやかな背中をつとなぞる。
「ん・・・」
ふっくらとした唇から濡れた吐息が漏れ、秀はゆるりと頭を振った。
ふっと笑みを浮かべた勇次が、柔らかな髪を掴み、秀を仰のかせ、そっと唇を重ねる。薄く開いた唇に舌を滑り込ませ、柔らかな舌を絡め取る。
甘やかな深いくちづけに、秀の身体から力が抜けていく。
重ねた唇をそのままに、白い指で秀のしなやかな身体を三味線を爪弾くようになぞる。
「ん・・・」
塞がれたままの秀の唇からくぐもった声が漏れた。
勇次は、秀の唇を解放すると、濡れた唇を引き締まった項に滑らせた。熱い唇の感触に、秀の背筋に甘い痺れが走り、腰がずしりと重くなる。
勇次の指が、つと秀の熱を帯びた芯に触れた。秀の身体がぴくんと震える。
「あ」
熱の塊を掌で包み込み、柔らかく揉みしだくと、秀の濡れた唇から甘い悲鳴が上がった。
ゆっくりと指を動かすたびに、いやいやをするように秀が頭を振る。
そのままきつく扱き上げると、白い精が勇次の手を汚した。
勇次は、荒い息を吐く唇に唇を重ねると、濡れた指をするりと秀の奥まった蕾に滑り込ませた。
「んっ」
淫らに蠢く指に、秀はきゅっと眉を寄せた。身体の奥の敏感な場所を嬲られて、秀の身体を蕩けるような感覚が満たしていく。
指を引き抜いた勇次は、秀の身体をくるりとうつ伏せにさせて、己の熱を秀の身に埋めた。
「ああっ」
身体を押し広げられる感覚に、秀は身を震わせた。
勇次がゆっくりと腰を動かすと、がくがくと秀の身体が揺れる。煤けた畳に秀の爪が喰い込み、しなやかな背が反り返る。
その胸を後ろから抱きとめた勇次が、ふるりと身体を震わせて秀の中に精を放つと、秀の張りつめた熱も解き放たれた。
がくりと二人身を重ねたまま崩れ落ちる。荒い息を吐く秀の項に、勇次がくちづけた。閉ざされた瞼がぴくりと震えた。
ゆっくりと秀の身体を解放した勇次が、突っ伏したままの秀の身体を抱き寄せる。
ころんと勇次の胸に抱き込まれた秀は、目を伏せたまま勇次の胸に頭を凭せかけた。
とろとろと眠りに落ちていく秀の顔を見下ろして、勇次は眸に柔らかな光を浮かべた。
[終]


2015.01.02

[Story][ろの段]