no-dice

ミッドナイト・ラプソディー


「ったく、誰だよ、こんな時間に・・・」
寝入りばなをチャイムで叩き起こされた松田は、ぶつぶつとぼやきながら玄関に向かった。
「どちらさん?」
不機嫌な松田の問いかけに応えたのは、拳銃強奪一味に拉致され、殴る蹴るの暴行を受けた上、海に飛び込んだかどで病院に留置されている筈の巽の声だった。
「リキさんよぉ、ちょっと開けてくれよ」
ドアを開けると、巽が不貞腐れたように突っ立っていた。
「おまえ、病院はどうしたんだよ?」
「あんな辛気臭いとこ、いつまでもいられっかよ」
勝手知ったるなんとやら、巽は招じ入れられもしないのに、さっさと部屋に上がりこむ。
「ほんっと、リキさんってつれねぇよな」
巽は不貞腐れたようにどさりとソファに身を投げ出した。その拍子にどこかが痛んだのか、ちょっと顔を顰めてみせる。
「なんだよ、人聞きの悪い」
「だってよ、あれっきり病院に来てもくんねぇでさぁ・・・」
巽は拗ねたように、上目遣いで松田の顔を見上げた。
「たった一晩、泊められるだけだろ?見舞いに行くなんざ、馬鹿馬鹿しいっつの」
一応念のために、と救急車で病院に運び込まれた巽に、付き添ってやっただけでも、おつりが来るほどの出血大サービスだったと松田は思っている。
そもそも、自身の無鉄砲さが原因で拉致される羽目になったのだ。その上、埠頭の電話ボックスまで駆けつけてやった松田に、「遅過ぎんだよ」などと憎まれ口を利く余裕が巽にはあったのだから。
「ほんっとに、冷てーよなぁ」
拗ねた口調でぼやいた巽は、切れた唇の端が痛むのか、また顔を顰めて口元に手をやった。
子供じみた巽の仕草に笑いながら、松田は温めたミルクを巽に差し出した。
「なんだよ、これ?」
「ホットミルク。―――これ飲んでさっさと寝ろ」
「ちぇっ、またガキ扱いかよ」
「怪我人は大人しくしてりゃいいの」
巽の向かいに腰を下ろした松田は、巽のミルクに落としたブランデーの残りを口に運んだ。

「今日は特別だ。こっちで寝ろ」
さすがに怪我人をソファに寝かせるわけにもいかず、松田は、ミルクを飲み干した巽を寝室へと招き入れた。
ぱっと喜色を浮かべた巽の機先を制するように、松田は人差し指を巽の鼻先に突きつけた。
「いいか、トクベツだぞ、トクベツ!」
鼻白んだような巽に、満足げに笑ってみせると松田は巽に背を向けた。
「―――リキさん・・・」
寝室を出て行こうとする松田の袖を掴んで、巽がらしくもなく蚊の鳴くような細い声で呟いた。
「ん?」
訝しげに振り向くと、さっきまでの軽い態度とは裏腹に、巽が縋りつくような目で松田を見つめていた。
「・・・側にいてくれよ」
震える声で囁くと、巽は松田を抱きすくめ、そのままベッドへ倒れこんだ。
「おい、タツ?」
問いかける松田の声を遮るように、巽は松田にくちづけた。何度も何度も、その温もりを確かめるように、くちづけを繰り返す。
「―――もう、会えないかと思った・・・」
巽が、松田の肩口に顔を埋めて、掠れた声で囁いた。先刻までの巽とはうって変わった真摯な声音に、松田は一瞬息を呑んだ。
「・・・バカヤロウ。それはこっちのセリフだ」
松田の腕が、巽の首に絡みつく。
顔を上げた巽が、松田の眸を覗き込む。見つめ返す眸が静かに閉じられると、巽は引き寄せられるように松田に再びくちづけた。薄く開かれた唇にそっと舌を差し入れると、松田の柔らかな舌が絡みついてくる。
松田の細い体の確かな温もりを腕に抱いて、泣きたいような切なさと安堵が、巽の胸に込み上げてきた。
「―――リキさん」
熱っぽく囁いた巽は、だが、松田の首筋に顔を埋めようとした途端、小さく呻いて動きを止めた。
「―――」
殴られたどこかが痛むのか、巽は僅かに顔を歪めていた。
松田は小さく笑うと、するりと巽の身体の下から抜け出した。
「今日は、もう大人しく寝ろ」
「ちょっ、そりゃねぇよ、リキさん!」
慌てて身を起こそうとすると、また殴られたどこかが痛んで、巽は動きを止めた。
「ほら見ろ」
松田は笑って、痛みをこらえて固まってしまった巽の頭を押さえつけ、ばさりと毛布を被せた。
「ちぇ」
巽は、小さく呟くと、松田の匂いのする枕に顔を埋めて目を閉じた。
松田の手が優しく、巽の頭をぽんぽんと叩く。いつもなら、子供扱いをされた、と拗ねてしまう巽だったが、今日ばかりは素直にされるがままになっていた。
ベッドに腰を下ろした松田が低く口ずさむ歌を聴きながら、松田の匂いに包まれて、巽は眠りに落ちていった。
子供のように健やかな寝息をたて始めた巽の寝顔を見下ろして、松田は小さく笑みを零した。
「ったく、心配ばっか、かけやがって」
巽の髪をくしゃりと撫でて、松田は、ぐっすりと眠り込んだ巽を起こさぬよう、そっとその頬にくちづけた。

「あー!センパーイ、どこ行ってたんですか!?」
巽が捜査課のドアを開けた途端、兼子が大声を上げた。
「なんだよ、いきなり」
「なんだよ、じゃありませんよぉ。病院抜け出してどこ行ってたんですか?病院から電話あったんですよ、いなくなったって。うちに電話しても出ないしぃ」
宿直だった兼子は、散々病院から責められたのだろう、ふくれっつらで言い募る。
「あんな辛気臭いとこは、長居するもんじゃないんだよ」
「だからってさー・・・」
「まあまあ、ジン。野暮なこというなよ」
と、にやつきながら源田が割って入った。
「タ〜ツ〜、女んとこだろ?え?」
「えー!センパイ、そうなんですかあ!?」
「まあ、そんなとこだな」
巽は空っとぼけて答えると、話に入らずに煙草をふかしていた松田を振り返った。
「な、リキさん」
昨夜の子供のような心細げな態度は忘れました、といわんばかりに、器用にウインクをしてみせた巽に、松田は苦笑を零した。
「リキさん、センパイの彼女、知ってるんですか?」
「いや、初耳。―――タツ、今度紹介しろよ」
くすくす笑いながら、ひょい、と眉を上げて巽を見返す。
「そうだよ、今度お披露目しろ、この野郎」
源田が巽の頭を小突く。
「やだね」
「なんだよー。出し惜しみかあ?」
巽は、源田とじゃれ合って笑っている。兼子も、なんだかんだと巽にじゃれかかっている。
二宮が出勤し、大門が姿を現し、いつもの朝が始まった。

[END]

初出:裏西部

2015.08.03再掲

[Story]