no-dice

One-Night Stand ◆5◆


「待てよ、リキさん」
追い縋る巽に応えずに、松田はさっさと歩道橋を上り始めた。
「待てって!」
強引に肩を掴む巽の手を、振り払う。
「いい加減にしろ!」
「いい加減になんかできるかよ!」
人気のない深夜の歩道橋で、二人とも知らず、声を荒げていた。流れていく車の音が、遠く潮騒のように響いていた。
「あれからずっと考えたさ! 考えて、考えて――」
巽は、大きくひとつ息を吸い込み、まっすぐに松田の眼を見つめ返した。絞り出すような声で、だがきっぱりと巽は告げた。
「けど、やっぱり俺、リキさんが好きだ」
真摯な巽の眼差しに、松田は応える言葉を持たず、顔をそむけるようにして視線を逸らした。素直に感情を顕わにすることのできる巽の稚さを、羨ましいと思った。松田には、巽への感情に身を任せてしまう若さはもうない。
巽が、松田の横顔を食い入るように見つめて、言葉を継いだ。
「なんでだよ? なんで、ダメなんだよ」
松田は、歩道橋の手すりに凭れて、眼下を流れる車の群れを見下ろした。
「――おまえが男で、俺も男だからだよ」
「そんなこと理由になんのかよ」
「当たり前だろ。常識で考えろ」
「だったら、なんであの時――」
「あれは緊急避難だと言ったろ」
「けど、俺は――本気なんだ」
真摯な巽の言葉に、松田の胸が痛んだ。
「・・・俺も、おまえが好きだよ」
巽の身体が、ぴくりと反応した。それと気づきながら、松田は言葉を継いだ。
「おまえとは、妙に馬が合う。いい仲間だ」
巽は、そんな言葉が聞きたいわけではなかった。
そのことを知りながら、松田は、だが、巽の望む言葉を口にすることはできなかった。それは、警察という「組織」の中で決して赦されることのないタブーだ。巽のためにはならない。いつかきっと後悔する時がくる。だから――。
松田は、逸らしていた視線を戻し、まっすぐに巽の眼を見つめ返した。
「わかれよ、タツ。俺は、おまえとはいい仲間でいたいんだ。今までも、これからも、――ずっと」
松田の目をじっと見返していた巽が、ふと眼を伏せた。巽は、躊躇うように息を何度も飲み込み、それから意を決したように眼を上げた。
「もう一度、――もう一度だけ、キスさせてくれよ」
まっすぐな巽の眼差しを受け止めて、松田は静かに目を閉じた。
巽は、松田の背にそっと腕を回すと、静かに唇を重ねた。思いのたけを込めるように、巽の腕に力が込められた。
松田は、誘うように唇を薄く開いた。そっと忍び込んできた巽の舌に、伝えることのできない思いを込めて、松田は柔らかく舌を絡めた。
最後のくちづけは、ひどく甘く、そしてひどく苦かった。
長い、長いくちづけのあと、巽は名残惜しそうに、そっと松田を抱いていた腕を解いた。
「サンキュ、リキさん」
俯くようにして小さく呟いた巽は、顔を上げるとまっすぐに松田の目を見つめた。松田も静かに巽の目を見つめ返した。
「―――だけど、俺は、変わらない」
長い沈黙の後、そうきっぱりと告げると、巽は松田に背を向けて歩き出し、そして二度と振り向かずに歩み去った。
松田は、ただ、遠ざかる巽の背を見つめていた。

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