no-dice

X・X・X・・・


「あーあ、泊りってぇとろくなことがねぇな」
捜査課のドアを開けながら、松田はぼやいた。煙草を取出して、溜め息を吐く。
「全くだよ、おかげでとんだ時間外労働だぜ」
松田に続いて捜査課に戻ってきた巽もぼやく。
もう、日付が変わる。巽は、松田の宿直に付き合わされて、近くの公園での痴漢騒ぎに駆り出されたのだ。
「なあ、リキさん、時間外労働のご褒美♪」
巽は、松田を後ろから抱き締めて、項に唇をつけた。松田の手から、まだ火のつけられていない煙草を取り上げる。
「おまえなぁ、あんな変態見た後で、よくそんな気になるな」
松田はうるさそうに巽の腕を振り払った。
「だいたい、俺は勤務中なの」
巽は懲りずに手を伸ばし、松田の項に唇をつけて囁く。
「そんな固いこと言わないでさあ…」
巽の手はさっさと松田のシャツをたくし上げて、中に滑り込んでいる。
「タ〜ツ〜、いい加減にしろよ――」
松田は、脇腹から胸をたどる巽の手を引き剥がして、身を捩って逃れた。溜め息を吐くと、デスクに腰を下ろして、煙草をくわえる。
「なんだよ、引き止めたの、リキさんじゃん」
巽は、デスクに掛けた松田の両脇に手をついて、不服そうに松田の眼を覗き込んだ。その眼を真っ直ぐに見返して松田が言った。
「――ゲンにすりゃよかったよな」
「あ、そういうこと言う?――リキさんってほんとつれないよなー」
松田は、がっくりとうなだれた巽を見て、笑った。
松田の笑った気配に気づいたのか、顔を上げた巽は、松田の唇から煙草を取り上げて灰皿におしつけた。
「こら、タツ!」
「キスぐらい、いいじゃん」
言い終わらないうちに、唇を重ねる。
――キスだけで終わるわけ、ないよな…

胸の中で苦笑しつつ、松田は眼を閉じた。
巽は触れるだけのくちづけを繰り返し、下唇を甘噛みし、上唇を舌でなぞる。歯列を割って滑り込ませた舌で、松田の舌を絡めとる。
松田が巽の舌に応えると、巽は勢いづいて、一層熱っぽくくちづけを繰り返した。
巽の熱い唇が頬から首筋に移った時、松田が手を上げて巽の胸を押しやった。
「――こら、キスだけって言ったろ?」
「言ってない。キスぐらい、つったの」
よくわからないへりくつをこねた巽は、シャツの裾から手を滑り込ませた。
「今更、おあずけはないだろ」
――言うと思った。
松田は胸の中でひとつ息をついて、巽の首に腕を回した。
「――1回だけ、だぞ?」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


甘い余韻に浸りながら、何度となくついばむようなくちづけを繰り返す。額に、瞼に、頬に、唇に。触れ合った肌の温もりが心地良い。このまま微睡んでしまいそうだ。そう思った時――。
「あ!」
突然、小さく声をあげた巽が、慌てて松田の腕を解いて身を起こした。
「なんだよ、急に」
訝しげに巽を見上げて、松田も上体を起こした。
「え、だって、1回だけって言ったじゃん――」
うろたえたような巽を見て、松田はぷっと小さく吹き出した。
――こういうとこ、妙に律義というか素直というか…
松田は、くすくすと笑いながら、巽の首に腕を回して引き寄せた。
「ったく、しょうがねぇなぁ。来いよ。――もう1回だけな?」
一瞬触れた唇を離して、松田はちらりと巽を見上げて笑った。
「ちぇっ、どうせガキだと思ってんだろ?」
拗ねたような巽の口調が可笑しくて、松田はまたくすくすと笑いを零した。
「――莫迦」
松田は誘うように、巽の首筋にくちづけた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「タツ、タツ!」
ソファに身を沈めて煙草をくわえていた松田が、ふいに思いついたように、デスクに腰掛けてやはり煙草をくわえていた巽に手招きをした。
「え?なに?」
巽は、面倒くさそうに返事をしながらも、結局は呼ばれるままに腰を上げる。
「ちょっと、ここ座れよ」
松田は、煙草を灰皿に押しつけると、ソファの自分の隣の空いたところを手のひらでぱふぱふと叩いた。
「なんだよぉ」
ぶつぶつ言いながらソファに近づいた巽は、言われるままに松田の隣に腰を下ろした。
松田は、巽が座ったのとは反対側の肘掛けに両足を放り上げ、ソファに横たわった。もちろん、巽の膝を枕にして。
「お、いいカンジ♪」
松田は、満足げに呟くと、眼を閉じた。
「リキさ〜ん、何やってんだよ〜」
「こら、動くな、枕。俺疲れてんだから」
ちゃっかりと仮眠用の毛布まで被っている。
「――んだよ、俺帰れねぇじゃん」
「じゃ、帰んなくていいじゃん」
松田は、片目だけを開けて巽を見上げて、悪戯っぽく笑った。
「なんだかなー…」
時計の針は、もう3時を回っている。どのみち、今更帰ってもたいして眠れはしない。観念した巽は背もたれに身を預けて煙草をくわえ直した。
「おやすみ、リキさん――」

[END]



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