時雨 《壱》


「またかよ」
でき上がった簪を、日本橋の小間物屋、扇屋に納めに行った帰り道、勇次の店の前を通りかかった秀は、眉を顰めた。
三味線屋の店先では、いつものようにきっちりと姿勢よく座った勇次の前に、艶(あで)やかな芸者が二人、腰掛けていた。勇次がにこやかに笑って一言二言何かを言うと、二人はころころと声を上げて笑み崩れた。
三味線屋の店先からふいと目を背け、秀は向かいの角を左に折れた。
もう見慣れた、と言うより、見飽きた光景なのに、見る度に、きりきりと胸が軋む。
秀は、小さく舌打ちをした。


ふと表の通りに目をやった勇次は、秀の姿を向かいの角に見つけた。足早に角を曲がり、消えていく背中を見送る。
「あら、勇さんたら」
女の声に振り向くと、女は口に手を当て、笑っていた。
「好いた人でも、見たような目をして」
「まあ、憎らしい。どこのお姐さんかしら」
もう一人の女と顔を見合わせ、笑み崩れる。
「お揶揄いになっちゃいけませんよ、姐さん方」
勇次は、口元に笑みを作った。
「ちょいとね、小股の切れ上がったいい女が、通ったんですよ」
「あら、憎らしい」
「目の前に、あたしたちがいるってのに」
ちらりと横目に睨んで見せる女たちに、にこやかに笑ってみせる。
「もちろん、姐さんたちの方がいい女ですよ」


その夜、湯屋から帰る途中、秀は何者かに尾けられている気配を感じ、するりと路地に身を潜めた。お店者(たなもの)らしき二人連れが通り過ぎるのを見届けて、元来た道を引き返す。
堀端の暗がりに差し掛かる頃、また背後に気配を感じて振り返ると、先刻やり過ごしたお店者の一人が近づいてきた。不審に思い身構える秀の背後から太い腕が伸び、首にかかる。
するりと身を躱した秀の前には、二人連れの片割れが立っていた。
秀は、すっと目を細めた。
「何か、あっしに御用で?」
低い声で尋ねる。
男はにやりと笑い、慇懃に腰を屈めた。
「へぇ、ちょいと一緒においでいただきたいんで」
上目遣いに秀を見る目が、蛇のように鈍く光った。
「人を招くにしちゃあ、ずいぶんと剣呑なやり口じゃねぇか」
秀は、間合いを測りながら、二人の男を睨めつけた。
「ついて行くなんざ、ごめんだな」
さっと飛び退いた秀の首筋に、ちくりと痛みが走った。
「な・・・」
振り向いた先に立っていた三人目の男の手には、小さな針が月の光にちかりと光っていた。
振り上げた腕を背後から掴まれ、身を捩り、男を投げ飛ばす。
そのまま走り出そうとした秀の膝が、がくりと折れた。身体に思うように力が入らず、地面に崩れ落ちる。
遠ざかる意識の奥に、男たちの下卑た笑いが響いた。


ぼんやりと意識を取り戻した秀は、暗闇の中に横たわっていた。目隠しをされ、後ろ手にされた手首は荒縄で縛られている。
身体を起こそうと身動ぎをした秀は、己れが何も身にまとっていないことに気づき、目隠しの下の眼を見開いた。
「お目覚めかな」
柔らかな男の声が、響いた。どこかで聞いた声だと思ったが、姿が見えない為に、誰であるか思い出せない。
「何の真似だ」
声のした方に顔を向け、低く訊ねた。
男は問いには答えず、含み笑いをした。
「なかなか好い眺めですよ、秀さん」
舌舐めずりをするような声だった。
秀は、ぞわりとするような感覚に、身をふるりと震わせた。
とんだヘマをした。
臍を噛むような思いで、唇をきりりと噛んだ。
ぽんぽんと手を打つ音が響くと、からりと唐紙の滑る音が聞こえた。幾人かの男が入ってくる気配がする。
男の一人が、秀の傍らに膝をついた。身構えた秀の肌に、ごつごつとした男の手が触れる。びくりと逃れようとした身体を、別の手が押さえつけた。
男たちの意図を量りかねて、秀は感覚を研ぎ澄まして、気配を探った。
ごつごつとした男の手が、秀の肌をまさぐるように撫で回した。おぞましさに身を捩るが、別の手に押さえつけられているために逃れることができない。
背中に男がのしかかり、肌をまさぐる手が下腹に伸びた。
「やめろ!」
思わず声を上げると、最初の男の含み笑いがまた聞こえた。
「これから、たっぷり愉しませてもらいますよ」
男は低く笑うと、言葉を継いだ。
「秀さんにも、存分に愉しんでもらいましょう」
その言葉に応えるように、下腹に伸ばされた手が、秀の雄を握り込んだ。
叫びを上げそうになり、秀は慌てて唇をきつく噛みしめた。男たちの目的が何であれ、秀が声を上げることが、男たちを喜ばせることになるような気がした。
秀の身体の上から、忍び笑いが聞こえた。
「なかなか、情が強(きつ)いですな」
離れた場所で見ている男に向かって、秀の身体をまさぐっている男が言った。
「まだ、始まったばかりですよ」
応える男の声には、やはり舌舐めずりをするような響きがあった。
秀の雄を握り込む手が淫らに蠢き、秀の意思とは関わりなく、芯が硬く勃ち上がり始める。
秀を嬲る手の動きが速くなり、秀は目隠しの下の目をきつく閉じた。
男の指が、鈴口から滲み出た滴りを、秀自身に塗りこめるように蠢く。最後に強く扱き上げられて、秀は身を震わせて精を放った。
目の眩むような屈辱に、秀は身を震わせ、唇をいっそう強く噛んだ。
ぬるりと濡れた手が、引き締まった双丘の間に潜り込む。ぞっとするような感覚に、身を強張らせた秀の窄まりに、濡れた指が挿し込まれた。
人に触れられたことのない部分を犯されて、秀の身体は戦慄いた。
指が淫らに蠢き、くちゅくちゅと濡れた音を立てる。浅い場所を嬲っていた指が、少しずつ奥へ奥へと進み、敏感な部分を探り当てた。指の腹で撫で上げ、爪先でなぞる。
生まれて初めて味わう感覚に、秀はきつく唇を噛みしめて耐えた。唇に、赤い血が滲む。
ずるりと指を引き抜かれる感覚に、ぞわりとざわめきが背を駆け上る。
「くっ」
噛みしめた唇の隙間から、小さく声が漏れた。
男たちは、にやりと下卑た笑いを浮かべた。
「さあ、口開けといくか」
秀の腰を掴んだ男が、嬲り尽くされた窄まりに、己れの昂りを突き入れた。
「ぐっ」
身体を押し開かれて、秀の息が詰まる。
腰を掴まれ、肩を押さえつけられて、逃れることもできず、男に突き上げられるままに秀の身体は揺れた。
一際、強く突き上げられて、秀は身体の中を、どろりとした生温いものに犯されるのを感じた。男の精を受け止めて、秀は身を灼くような屈辱に、奥歯をぎりぎりと噛み締めた。
男が身を離すと、ずるりと雄が引き抜かれ、秀はぞっとする感覚に、肌が粟立つのを感じた。
「これからが、本番ですよ」
男の声は、愉しげだった。
秀を犯していた男が離れ、別の男が近づく気配がした。
床に突っ伏した秀の身体を、くるりとひっくり返す。後ろ手に縛られた腕に重みがかかり、肩がぎしりと軋んだ。
男の手が、秀の両の足首を掴み、持ち上げるように脚を大きく開いた。秘めやかな場所が、男の目に晒される。
そのまま、昂りをゆっくりと捻じ込まれた。一度開かれた身体は、思った以上に容易く男を呑み込んでいく。
そのことに、秀は慄いた。自分の身体が、自分のものではなくなっていく気がした。
男は、ことさらにゆっくりと昂りを引き抜き、先端で入り口を嬲った。そして、一気に差し貫く。
きつい体勢のまま、何度も何度も突き込まれて、秀の身体はぎしぎしと軋んだ。
ひどい苦痛に苛まれる一方で、敏感な場所を擦り上げられて、秀の意思とは関わりなく、秀自身は少しずつ勃ち上がっていく。
秀は、そこから意識を切り離そうと、周囲の気配を探ることに集中した。
最初から居た男の他に、後から入ってきた男が三人。部屋は、おそらく、かなり広い。建物自体が、相当に大きな屋敷らしかった。
最初に居た男は、声や話し方から、やや年配の、裕福な商人か粋人のように思われた。三人の男たちは、堀端で襲撃してきた三人組に違いなかった。お店者の形(なり)をしていたが、堅気ではない。
そこまでは見当がついたが、目的がわからない。何の為に自分を捕らえ、こんな真似をするのか。
もし、裏の仕事の絡みなら、初めから命を狙われている。生かして捕らえ、辱しめる、その意図を量りかねた。
秀を犯す男の動きが速くなり、その苦痛に、秀の意識は引き戻された。
最後に強く突き込んで、男がぶるりと身体を震わせた。
身体を解放され、秀は、力なく肢を投げ出した。
「まだまだ、これからですよ」
柔らかな声音は、だが隠微な悦びを秘めていた。
その声に、秀は、軋む身体を蠢かし、体の向きを変え、その場から逃れようともがいた。
「こいつぁ、なかなか」
野太い男の声に、下卑た響きが加わる。
無骨な男の手が、秀の柔らかな髪を掴み、ぐいと引き上げた。
「活きがいい」
そう言うと、男は秀の引き締まった腰を掴んだ。
ぎくりと身を強張らせた秀の秘奥に、男の猛りが突き入れられた。
ひゅっと秀の喉が鳴る。
髪を掴まれたまま後ろから突き上げられ、秀の身体は苦痛に悲鳴を上げた。
秀は、声を出すまいと、ギリギリと唇を噛みしめた。
幾度も突き上げられ、秀の身体はガクガクと揺れる。
傍らで見ていた男が、目隠しをするりと解いた。
この場を支配する男の姿を見極めようと、秀は苦痛に霞む目を凝らした。
部屋は、思っていた通りに広い。部屋の奥に燭台が並べられている。秀が男たちの凌辱を受けている後ろにも、また複数の燭台が並べられているようだった。
灯りをを背にして端座する男の影が、黒々と浮かび上がる。
秀からは、逆光になり、男の顔を確かめることはできなかった。
髪を掴んでいた男の手が、秀の胸に伸びた。そのまま、秀の身体を抱き起こす。
「う・・・」
自分の重みで、男を深く呑み込む形になり、秀は呻いた。
男の手が秀の膝の裏に入り、脚を大きく開かせた。
「これは・・・」
灯りを背にした男が、愉しげに笑った。
「ああ、すっかり根元まで呑み込んで。嬉しそうにひくついているじゃありませんか」
男の言葉に、秀は顔を背けた。その顎を、側に控えていた男が掴み、正面に向かせる。
秀は、目をきつく閉じた。
秀を犯している男が、秀の身体を持ち上げては落とす。その度に、奥深くまで突き立てられ、敏感な場所が擦り上げられる。
「灯りを」
男の声に応えて、秀の脚の間を照らすように、手燭が差し出された。
「よく見えますよ、秀さん」
男が、忍び笑いを漏らした。
羞恥と屈辱に、秀の眦は赤く染まった。
追い打ちをかけるように、秀を抱く男の下卑た声が響いた。
「いやらしい身体だなあ。男を咥え込んで、おっ立ててやがる」
秀は、唇を噛んだ。
突き入れられた雄に敏感な場所を擦り上げられて、秀の意思とは関わりなく、秀自身はまた硬く勃ち上がっていた。もう、鈴口には透明な雫が溢れ始めている。
男の手が、秀の腰を前後左右に揺り動かす。
「う・・・・あ」
秀は、思わず声を漏らした。
男たちの下卑た笑いが、部屋を満たす。
最後に大きく突き上げられて、秀は身体を震わせて精を放った。
ひくひくと震える身体の奥に、男の迸りが吐き出される。
目も眩むような屈辱に打ちのめされ、秀はがくりと頭を垂れた。
男が雄をずるりと引き抜き、秀の身体から手を離すと、秀は力無く床に身を這わせた。
後ろ手に縛り上げていた荒縄が解かれ、秀は弱々しく、だが力を振り絞り、男たちから逃れようと蠢いた。
その身体を男の手が捕らえ、仰向けにひっくり返すと、ようやく解放された両の手首を、再び荒縄で戒めた。
のしかかる男の唇が、蛭のように、顔を背けた秀の肌の上を這いずりまわる。その悍(おぞ)ましい感触に、秀の肌は粟立った。縛られた手で、男の身体を押し退けようと?く。
「い・・・や・・・ゆ・・じ・・・」
思わず漏れた声に、男が面白そうに笑った。
「こりゃあ、いいや」
「どうしました」
端座する男が、尋ねる。
「男の名を、呼びましたよ」
下卑た笑いを含んだ男の声に、秀ははっと目を見開き、身を強張らせた。
「それは、それは」
見守っていた男が、含み笑いを漏らした。
「男は初めてだったようだが」
秀の身体の上で、男がくっくっと笑った。
「道理で、男を欲しがる訳だ」
貶め、辱しめる男の言葉に、心までが犯されていく。
舌を噛もうとした秀の顎を、男の手が掴み、力任せに口を開いた。
「今さら舌を噛むなんて、よしなよ。生娘でもあるめぇに」
嘲笑った男が、開いた秀の口に布を押し込んだ。
下卑た笑いを浮かべたまま、男は、また秀の肌に舌を這わせた。
男としての、いや、人としての矜持を無惨に踏み躙られて、急速に秀の心は力を失っていった。


一日が過ぎたのか、二日経ったのか、時間の感覚も失われていた。
男たちに、入れ替わり立ち替わり、嬲られ犯され続けて、秀はぐったりと身を投げ出していた。
戒めを解かれたかと思えば、また後ろ手に縛られ、目隠しをされて、一糸纏わぬ身のまま、ふらつく身体を駕籠に押し込められた。
ゆらりと揺れて、駕籠が持ち上げられる。
どれほどの刻が経ったか、分からない。どこをどう運ばれたのかも分からないまま、秀は駕籠から抱え降ろされた。
引き摺られるように、堂のようなところに連れ込まれ、床に突き倒された。傍らに、衣類が放り出される気配がした。
手を縛っていた荒縄が、ぶつりと切られた。軋む身体を起こすより早く、男たちは堂を出て行った。
目隠しを外し、暗闇に目を凝らすと、そこは小さな、もう使われてはいないらしい社のようだった。粗末な壊れた御輿が一つ、横倒しになっている。
秀は、ぎしぎしと軋む身体で、散らばった衣類を拾い集め、身につけた。
よろめくように、堂の外に出る。新月の暗がりの中、秀はふらふらと歩き出した。


どこをどう歩いたか分からない。ふらつく足で、ようやく長屋に辿り着いた秀は、障子戸を後ろ手に閉め、よろめくように上り框に倒れ伏した。
しばらく、ぐったりと倒れたまま、荒い息を吐いていた秀は、激しい吐き気に襲われて、土間に蹲った。
もとより胃は空で、吐くべきものはなく、ただ苦い胃液ばかりを何度も吐く。遂には、胃液さえも吐き尽くし、ただ空えづきを繰り返した。
一頻り吐き戻した後、秀は這うようにして板の間に上がり、身を横たえた。屈辱に震える肩に手を回し、半纏をぎゅっと握りしめる。子どものように体を丸め、きつく目を閉じた。
震える瞼から涙が溢れ、床を濡らした。
[続]


2015.10.21

[Story][弐]