no-dice

Cold


「リキさん、入るぜー」
巽は、応えがないのを承知でそう言うと、手の中の紙袋を抱えなおし、松田の部屋のドアを開けた。勝手知ったる他人の家、躊躇いもなく上がりこむ。
松田は、今日、風邪をひいたと言って仕事を休んでいた。松田が休みを取ると言うのだから、相当具合が悪いに違いない。巽は一日気がかりで、仕事の後片付けも早々に、様子を見に来たのだ。
眠っているかもしれない松田を起こさないよう、寝室のドアをそっと開ける。暗い部屋は、冷え切っていた。リビングの明かりを頼りに、ベッドサイドへと歩み寄る。
「―――タツ?」
巽の気配を感じたのか、ぼんやりと目を開けた松田が、掠れた声で呟いた。
「悪ぃ、起こしちまった?」
「ん―――」
起こしてしまったのなら仕方がない、と部屋の明かりをつけると、松田が眩しそうに目を細めた。
「この部屋、冷え切ってんなあ。大丈夫かよ」
部屋の片隅に置かれていたストーブに屈みこみ、火をつける。
「ストーブつけとくな?」
巽は、ハーレーを飛ばしてきたせいで、すっかりかじかんでしまった両手を無意識にこすり合わせた。
それをぼんやりと眺めていた松田が、おもむろに口を開いた。
「タツ、ちょっと手、貸せよ」
「あ?」
「手。貸せよ」
松田が、腕を伸ばして巽の手を掴みとり、自分の額に押し当てる。熱で火照った額に、冷え切った巽の手が心地よかった。
「おい、リキさん?」
思った以上に熱い松田の額に慌てる巽に、熱で潤んだ目で松田が笑う。
「あったかいだろ?」
「――何言ってんだよ」
あったかいなんてもんじゃねぇだろ、と巽は呆れたように呟くと、ベッドの端に腰を下ろした。かじかんだ掌に、松田の熱がどんどん移ってくるのがわかる。巽の手の下で、心地よさそうに目を閉じている松田の顔を見て、巽はちょっぴり嬉しくなった。
「タツ、そっちの手、よこせ」
「へいへい」
巽は、言われるままに、まだ冷え切っているもう一方の手を、松田の額に押し当てた。
それから、空いた手でポケットの中の煙草を探りながら、すっかり温まってしまった手をどうやって冷やそうかと思案を始めた。

「リキさん、りんご食う?」
すっかり温まってしまった手を、松田の額から外して、巽は立ち上がった。
「んー。あんま、食いたくねぇな」
松田が気だるげに答える。巽は、しょうがねぇなぁ、と口の中で呟くと、サイドテーブルに置いておいた紙袋を取り上げ、寝室を出て行った。
松田がうとうとしていると、額にひんやりと固いものが触れた。目を開けると、巽がガラスの器を差し出していた。器には、すりおろしたりんごがたっぷりと盛られている。
「これなら食えるだろ?」
「おまえ、りんご、むけたのかよ?」
「当たり前だろ」
「いつもまるごと齧ってるから、むけないのかと思ってたよ」
松田がくすくすと笑うと、巽はちょっとむくれたようにベッドの端に腰を下ろした。
「食うのかよ、食わねぇのかよ?――それとも食わしてやろうか?」
巽がニヤニヤと笑って、松田の顔を覗き込む。眼が合った瞬間、にやりと笑った松田に、巽の方が一瞬鼻白んだ。
「じゃあ、食わしてもらうかな」
松田は澄ました顔で言うと、口をぱくんと開いた。
「まじかよ」
巽は鼻白んだまま、おろしたりんごをスプーンで掬って、松田の口元に運んだ。
「ん、うまいよ」
松田が、満足げに笑った。巽は、照れくさそうに、またりんごを掬って、松田の口元に差し出した。
「たまには、風邪ひくのも悪くないな」
差し出されたスプーンをぱくんと咥えた松田が、嬉しげにくすくすと笑った。
結局、松田はすりおろしたりんごを全部、巽に食べさせてもらった。
「うまかった」
巽は、にっこりと笑った松田の、熱に潤んだ眸に誘われるように、身を屈めた。だが、唇に触れる寸前、松田の人差し指が、つと巽の唇に当てられた。
「うつるから、ダメだ」
松田はそう囁くと、巽の頭を抱え込み、額にくちづけた。
「今日は、これで我慢しろ」
巽は、ちぇっと口の中で呟くと、しぶしぶ身を起こした。
「来てくれて、サンキュ」
笑う松田に、巽は照れくさそうに頭を掻くと、寝室を出て行った。

明け方、熱の下がった松田が水を飲みに寝室を出ると、リビングのソファで巽が毛布に包まって眠っていた。
――帰らなかったのか。
そう思うと、松田は妙にくすぐったいような気持ちになり、巽の寝顔を覗き込んだ。長い手足を窮屈そうに折りたたんで眠る巽の寝顔は、いつ見ても少年のようで、松田はふと笑みを零した。
そっと傍らに屈みこみ、巽の唇に指を這わせる。くすぐったさに、巽が小さく呻いた。その声に誘われるように、松田は巽の唇に唇を重ねた。ついばむようなくちづけを繰り返し、唇を舌でそっとなぞる。 やんわりと加えられた刺激に、巽がぼんやりと目を開いた。
「――リキさん?」
まだ何が起きているのかよくわからずに、身を起こそうとする巽をそっと制して、松田は更に深くくちづけた。うっすらと開かれた唇に舌を滑り込ませ、まだ半分眠っている巽の舌を絡めとる。
松田の舌の動きに応えて、すっかり目を覚ました巽の腕が松田の背を掻き抱いた。巽は、そのまま半身を起こし、松田の舌を貪るようにきつく吸った。
巽が、松田の細い身体を抱きこむようにして、ソファの上に押し倒した。
「熱、下がったんだな」
「おかげでな」
くすりと笑った松田に、巽は照れたように、だが嬉しそうに笑い返した。そっとついばむようなくちづけを何度も何度も繰り返す。
松田の手が、巽のセーターの裾から滑り込み、わき腹をそろりと撫で上げた。
「いいのかよ?」
巽が聞くと、松田は、巽の首に腕を絡めて引き寄せ、耳元で囁いた。
「おまえが欲しいんだよ」
いつも巽の誘いをはぐらかしてばかりの松田の珍しい台詞に、巽は思わず顔を上げて、松田の顔を覗き込んだ。
「からかってんのかよ」
松田はふっと笑うと、何も言わず、巽を引き寄せて唇を重ねた。一瞬触れた唇を離して囁く。
「焦らすんじゃねぇよ」
巽は、むしゃぶりつくように、松田の首筋に顔を埋め、舌を這わせた。松田が、巽の耳朶に柔らかく噛みつく。
松田の手に促されるまま、巽はセーターを脱ぎ捨てると、松田の胸に顔を埋めた。胸の突起を唇に含み、気に入りの菓子を与えられた子供のように、丹念に舐る。松田の薄い唇から、かすかな吐息が漏れた。
その吐息に誘われるように松田の胸から顔を上げた巽の唇が、松田の唇を塞いだ。
巽の指が、松田の胸から脇をたどり、そっと下腹部に触れる。パジャマの中に手を滑り込ませ、松田の熱に直に指を絡めると、松田も巽の熱にそっと手を触れてくる。二人は、貪るようなくちづけを繰り返し、互いの熱を煽り立てた。
巽の耳朶を柔らかく噛んだ松田が、掠れた声で囁いた。
「来いよ、タツ」
その声に誘われるように、巽は松田の細い腰を掻き抱くと、熱い昂ぶりを松田の体に埋めた。

「リキさん、寒くねぇ?」
松田の背中を抱いた巽が尋ねると、松田がくすりと笑った。
「あったかいよ」
そのまま、背中を抱き合い、裸の胸を合わせ、一枚の毛布に包まる。脚を絡めあったまま、二人は、とろとろと眠りに落ちていった。

[END]

[Story]