My Precious


―――あ。



歯の根が合わないほどの寒気が、すっと引いた。全身を責め苛んでいた激痛も、もう感じない。



そうか。



巽は、自分が無惨に傷ついた肉体から解き放たれたことを知った。
ふと足下に目をやると、巽の両手両脚を抱えたまま泣き叫ぶ仲間たちがいた。



団長、おやっさん。ゲン。ジン―――。
ごめんな、ゲン。
死ぬ時は一緒だって、約束したのにさ。
約束守れなくて、ホントごめんな。
だからよう、そんなに泣くなよ。
ゴリラの泣き顔なんて、見れたもんじゃねぇぜ。



号泣する源田を、困った顔で見下ろしていた巽は、ハッと我に返った。



リキさん―――!リキさんは・・・。



巽を庇って撃たれ、生死の境を彷徨っていた筈の松田。
自分は命尽きてしまったけれど、松田は、松田にだけは生きていてほしい。

そう強く願った途端、巽は、自分が白い病室にいることに気づいた。
慌てて見回せば、ベッドの上に、青褪めた顔の松田が横たわっていた。
細い腕に繋がれた点滴。小さな顔に不釣り合いに大きく見える酸素マスク。



リキさん―――。



胸の辺りがきゅっと締めつけられた。
こみ上げてくる想いで、息が詰まる。



ごめん、リキさん。
俺がドジ踏んだから。
ううん、始めから、リキさんの言うこと聞いて、団長に連絡取ってさえいりゃ、こんなことにはならなかった。
ごめんよ、リキさん。最後までドジでさ。迷惑ばっかかけて・・・。



巽は、すん、と鼻をすすり上げた。
人差し指で、鼻の下を擦る。



でもさ、リキさんは、もう大丈夫なんだよな? 大丈夫、だよな。
よかった。ホント、よかった。
俺さ。
俺、ホントにそれだけが心残りだったから。
リキさんにもしものことがあったら、俺、成仏できねぇもん。

へへ。
これで安心して成仏できるよ、リキさん。
じゃあな。



ふうっと大きく息を吐(は)いて、巽は眠る松田に背を向けた。
意識を遠くに、自分の思い描く『あの世』というものに向けた。

「・・・タツ」

微かな松田の声に、巽ははっと引き戻された。



リキさん!?
目が覚めたの?



巽は、目を凝らして松田の顔を見つめた。
大きな酸素マスクに覆われた口元を凝視すると、まだ血の気が引いたままの薄い唇が、微かに動いた。

「タツ」

だが、青褪めた瞼は固く閉ざされたままだった。
それでも、松田が生きている確かな証を見ることができて、巽は泣きたい程の安堵を覚えた。



よかった。ホントによかった。
もしかして、俺の夢見てくれてたの?
けど、どうせ俺、夢ん中でもドジ踏んでんだろな。
でもこれで、ホントの本当に、心残りはないよ。

俺もう行くね。
ホントは、ずっと一緒にいたかったけど。
そんなのワガママだしね。できるわけないよな。

バイバイ、リキさん。
次会う時はさ、リキさんはしわくちゃのジジイだね。
ジジイになるまで、こっち来ちゃダメだよ。
絶対だよ?

ちょっと、ううん、すげえ妬けちゃうけどさ、可愛い嫁さん貰ってさ。
子どももできてさ。
リキさんに似た男の子がいいな。
可愛いだろうなぁ。
リキさん、野球好きだからさ、キャッチボールなんかして。

そんで、すげえ長生きしてさ。
子どもや孫に囲まれて、大往生ってやつ?してさ、こっちに来なよ。

そしたら、俺さ、笑ってやるから。
リキさんは、しわくちゃのジジイでもさ、俺はピチピチの二十代のまんまだからさ。

でもさ、どんなにしわくちゃでも、もしハゲちゃってても、俺、絶対リキさんのこと分かるから。

だから。
ジジイになるまで、来んなよな。

俺、心配だよ。

リキさん、冷静に見えて、入れ込んじゃうとこあるし、頭もピカイチなら、腕っぷしも射撃も超一流なのに、たまに突っ込みすぎて拉致されたりさ。怪我したりさ。
そういう、無鉄砲なとこ、大好きだけど、俺から見ても危なっかしいんだよ。

ホント、気をつけてよ?

ピチピチの時に来ちゃったらさ、今までみたいに、またリキさんばっかモテちゃうからさ。
俺にも、ちょっとはいい目見せてよ。

約束だよ。



巽は、手を伸ばし、力なく投げ出された松田の手に己の手を重ねた。
そっと小指に小指を絡める。



ゆーびきーりげんまん、うーそついたら針千本呑〜ます。指切った!

指切りしたからね。
約束破ったら、針千本だからな。



そんな約束なんて、空手形もいいところなのは、巽にだって分かっている。
それでも、巽はそうせずにはいられなかった。



好きなんだ、リキさん。
心の底から、好きなんだ。

リキさん、優しいからさ、俺と付き合ってくれたけど、俺、知ってるんだ。
リキさんは、ホントは団長のことが好きなんだって。
それでもいいんだ。

妬かないなんて、嘘だけど、でも、多分。
俺、団長のことが好きなリキさんを好きなんだ。
ちょっと惨めだけどさ、でも好きになっちゃったもんは、しょうがないよな。

だからさ。 団長と長生きしてさ、それぞれ嫁さん貰ってさ。
子どももできて、家族ぐるみで付き合ってさ。

仕事はハードで命懸け。
だから、あったかい家庭持って、命大切にしてよ。

俺、リキさんのことホントに好きだからさ。
ホント、白髪のリキさんに会えるの楽しみにしてるから。

だから。
今度こそ、俺、行くね。
さよならだね、リキさん。
早く元気になって、マグナム振り回して、街ん中走り回ってよ。

俺のことなんか、心の隅っこにちょこっと覚えててくれたら、それでいいからさ。

じゃあね、リキさん。
また、会おうな。
何十年も先に、さ。

バイバイ、俺の一番大切な人。



巽は泣き笑いを浮かべて、すうっと白い天井の隅の薄い闇へと溶けていった。
[END]

2016.05.12

[Lyric]