花筐


しなやかな身体を投げ出して眠る、秀の寝息を窺い、勇次はそっと身を起こした。
脱ぎ捨てていた着物を引き寄せ、肩に羽織る。
床の間に活けられた花を見て、ふと溜め息をついた。
手折れば、花はすぐにも枯れる。
ただ、そこに咲いているのを、見ていればいいものを。
何故、手折ってしまったのだろう。
つと、眉を寄せる。
端から手に入らないと知れているものに、手を触れるものではない。
触れれば落ちる花ならば、なお。
落ちれば、花は終わる。ただ色褪せ、萎れていくばかり。
抱いたりなど、しなければよかった。
ふと心惹かれるままに、抱いたりなど。
ただ見ていれば、よかった。手を触れたりなど、しなければよかった。
この手に取り籠めておけるものでは、なかったのに。
初めから、心まで手に入れることはできないと、知っていたのに。
眉を顰めて、煙管をつける。吐き出した煙が立ち昇るのを、眸を細めて見つめる。
花が咲いているのを、ただ見ていることができず、手折ってしまった己れの青さに、嗤うしかない。
手折られた花は、もう、実をつけることはない。
花が、実をつけるまで。その実が熟れて、落ちるまで。
待てば、よかった。
ふと、秀が目覚めた気配がした。
勇次の眸に、昏い翳が差す。
何故、この男はこの手に抱かれるのだろう。心を、固く閉ざしたままで。
ただ手折られるばかりの花でも、あるまいに。
その答えを知る術は、ない。問うて、答える訳もない。
分かっているのは。
これは、手折られた花。決して、実ることのない。
今はもう、花籠を彩るだけの。
ほんのひとときの、花筐。
[終]

2015.07.06

[Lyric]