ぼんくら
「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」
未明、煮売り屋のお徳は、表を走る足音に目を覚ました。その足音が八百屋のお露のものではないかと思ったお徳は、表に出て鉄瓶長屋の差配人・久兵衛の家へ行く。思ったとおりそこにはお露の姿が・・・。お徳は、病身の八百屋・富蔵がいけなくなったのかと思っていたが、死んだのは息子太助であった。そして、お露は言った−−−「殺し屋が来て、兄さんを殺してしまったんです」
この「殺し屋」に始まって、「博打うち」「通い番頭」「ひさぐ女」「拝む男」と、鉄瓶長屋を舞台とする連作の世話物風の物語が綴られる。その物語の一つ一つは、独立しており、読み切りに近い。
しかし、次に続く「長い影」に至って、様相は一変する。ここまでの短編は、「長い影」で明らかになっていく鉄瓶長屋にまつわる謎の伏線なのだ。つまり「ぼんくら」は、短編世話物集の形を取って始まりながら、その実上質の長編ミステリーなのである。軽く読み通せる短編のリズムに乗って読み進めていくうちに、「長い影」に至って、ぐいぐいと謎に引き込まれてしまう。
これぞ、『宮部みゆきワールド』!明らかになった謎の真相は、血生臭いものではない。それがまたいい。宮部みゆきらしさといってもよいだろう。
ぜひご一読を。
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